
受精・培養・凍結
精子調整
採取した精子は受精に使用する前に調整を行います。この過程で形態および運動性が良好な精子を回収し、濃度を調整して受精に最適な状態にします。
精子調整の方法
シリカコロイド密度勾配法やスイムアップ法などで精子調整を行っています。
受精方法
採取した卵子と調整した精子を受精させる方法には2つあります。

体外受精(IVF)
方法
- 精子が自然に卵子に侵入して受精
- より自然に近い受精方法
受精率
成熟卵数あたり50~80%(個人差があります)
顕微授精(ICSI:卵細胞質内精子注入法)
方法
1個の精子を1個の卵細胞質内に直接注入
受精率
成熟卵数あたり60~85%(個人差があります)
顕微授精の適応
男性因子
- 重度の乏精子症・精子無力症・精子奇形症
- 不動精子(精子が全く運動性を有しない場合)
- 無精子症(精巣内精子採取術:TESEで回収された精子を使用)
- WHO下限値を複数項目下回る精液所見
受精障害
- 体外受精で受精率が低い場合
- 精子-透明帯/卵細胞膜通過障害
- 透明帯が固い等の卵子側要因
免疫因子
- 抗精子抗体陽性
卵子の成熟段階
顕微授精は成熟した卵子にのみ実施可能です。採卵直後の卵子は顆粒膜細胞に全体を被われているため、まず顆粒膜細胞を除去して成熟状態を確認します。


卵子の成熟段階
GV期(未熟)
- 受精できない状態
- 卵子の核(女性の遺伝情報)の袋が卵子内部に見える
MI期(未熟)
- 受精できない状態
- 卵子の核の袋が見えなくなる
MII期(成熟)
- 受精できる状態
- 卵子の中から極体(卵子の余分な核)が外に押し出される
顆粒膜細胞の除去
- 卵子を酵素に浸し、顆粒膜細胞を柔らかくする
- マイクロピペットによるピペッティング操作で顆粒膜細胞を除去
- 卵子の成熟判定を実施
- 成熟卵子(MII期)にのみ精子注入を実施
精子の不動化処理
顕微授精では、卵子に精子を注入する前に精子の不動化処理が必要です。
不動化処理の目的
- マイクロピペットで精子の尾部に傷を入れ、精子を動かなくする
- 精子尾部の卵子活性化因子を卵細胞質内へ流出させる
- 卵子が精子の侵入を認識し、受精のための動きを開始させる
不動化処理の重要性
不動化処理をせずに精子を注入しても、卵子は精子が入ってきたことを認識できず、受精や細胞分裂が停止してしまいます。
胚培養
受精確認
採卵翌日(媒精から17〜20時間後)に受精を確認します。
正常受精・異常受精・未受精などを判断します。

胚の評価とグレード
培養中の胚は発育スピードと形態により評価されます。
評価項目
- 細胞分裂のスピード
- 細胞の形態
- フラグメンテーション(細胞の断片化)の程度
- 胚盤胞期では内細胞塊と栄養外胚葉の発達度



タイムラプス培養(先進医療)
胚を培養機外に出すことなく、安定した環境下で連続的に胚発育を観察できます。
当院での使用
当院ではより良い環境で詳細に胚発育を観察する目的で、ほぼ全例で使用しています。胚へのストレスを最小限に抑えながら、詳細な発育情報を得ることができます。

胚凍結保存
ガラス化法による凍結
- 世界中に普及している信頼性の高い方法
- どの段階の胚に対しても凍結融解によるダメージを最小限に抑制
生存率
- 胚の生存率:90〜99%
- 卵子の生存率:90〜97%
凍結時期胚
- 2〜7日目(分割期胚~胚盤胞期胚)

卵子
- 採卵当日のMII卵
- 体外培養後のMII期卵
凍結個数
- ひとつの凍結保存用デバイスに1〜3個の胚を保存
- 融解はデバイス毎に実施
- 胚盤胞期胚:1個
- 分割期胚・卵子:1〜3個
受精・培養で起こりうること
受精に関する問題
- 受精障害:受精卵がひとつも得られないことがある
- 異常受精:3PNや1PNなどの異常受精
- 精子数不足:極端に精子が少ない場合、全ての卵子にICSIを行えない場合がある
胚発育に関する問題
- 発育停止:受精卵が発育しない場合
- 発育不良:良好な発育をしない場合
- 胚移植・凍結不可:移植や凍結に適さない胚のみの場合
融解時の問題
- 生存率の問題:凍結保存している胚を融解した際、胚の状態により移植に使用できない場合
- 変性・紛失:稀に胚の変性や紛失により廃棄となる場合
卵子に関する問題
- 未熟卵:極端に卵子成熟率が低い(未熟卵が多い)ことがある
- 卵子変性:採取した卵子が変性している場合
培養液の安全性について
卵子、精子、受精卵(胚)を培養するための培養液には蛋白質が必要です。その蛋白添加物が生物由来のものである場合、必ず適切な感染症スクリーニングが実施されていることを確認し使用しております。
胚および卵子の保管について
当院では培養中、凍結保存中の卵子、精子、胚の安全に対して十分な対策を行っておりますが、以下のような予測不可能な事態が起こりうる可能性があります。
不可抗力的要因
- 天災:地震、噴火、津波、雷等
- 災害:火災等
- その他:停電、内乱・戦争、部外者の犯罪行為(テロ等)
これらの要因により、卵子、精子、胚が紛失あるいは破損する可能性が存在します。まれではありますが、このような場合が起こりうる可能性があることをご了承ください。
天災・災害時の対応について
非常用電源設備
培養室は非常用電源設備を備えており、天災・災害により非常用電源設備が破損しなければ一定期間は培養器等への電力供給が継続できます。
長時間停電時の対応
電力供給には限りがあるため、長時間停電が予想される場合、損傷・紛失を免れた培養中の卵子・胚等は当院の判断で凍結保存を実施します。
凍結物の安全性
- 凍結後の凍結物(卵子、精子、胚)は液体窒素で満たされた頑丈なタンクで保管します。
- タンクの維持には電力を必要としないため、停電時でも容器の破損がなければ安全に保管可能です。
緊急時の判断について
天災・災害・停電時等には、患者さま一人ひとりの胚・凍結物の状態等について短時間に判断が必要です。当院では、その時点で選択し得る最善と考えられる判断のもとに対処いたします。
まとめ
受精・培養・凍結は体外受精治療の中核となる過程です。最新の技術と十分な安全管理のもとで実施いたしますが、生物学的な現象である以上、100%の成功を保証することはできません。
当院では患者さまの状況に応じて最適な方法を選択し、可能な限り良好な結果が得られるよう努めております。治療の各段階で丁寧にご説明し、患者さまが納得して治療を受けていただけるよう心がけております。
ご不明な点やご心配なことがございましたら、いつでもお気軽にお尋ねください。