妊娠高血圧症候群について
妊娠高血圧症候群(hypertensive disorders of pregnancy; HDP)とは、妊娠20週以降に高血圧が認められ、分娩後12週までに正常に戻る状態を指します。単なる高血圧だけでなく、蛋白尿や臓器障害を伴う場合も含まれます。日本では妊婦の約3〜5%に発症するとされています。
妊娠高血圧症候群の主なリスク因子
妊娠高血圧症候群の発症には、さまざまな要因が関与します。
生殖医療ガイドライン2025では、不妊治療開始時にスクリーニングを考慮すべき併存症の一つとして「高血圧」を挙げています。
また、米国産婦人科学会(ACOG)はリスク因子を以下のように分類しています。
- 高リスク因子:妊娠高血圧腎症既往、多胎妊娠、慢性高血圧、糖尿病、腎疾患、自己免疫疾患
- 中リスク因子:初産婦、35歳以上、妊娠高血圧腎症の家族歴、BMI 30以上、胎児発育不全分娩歴、人種、10年以上間隔のある妊娠
このほか、抗リン脂質抗体症候群やプロテインS欠乏症などの血栓性素因も重要なリスク因子とされています。
生殖補助医療と妊娠高血圧症候群
生殖医療ガイドライン2025では、ART(生殖補助医療)による妊娠では、自然妊娠に比べて妊娠高血圧症候群のリスクが上昇すると示されています。特に凍結融解胚移植では新鮮胚移植に比べてリスクが高く、とくにホルモン調整周期での移植でその傾向が強いことが報告されています。
北欧の大規模研究では、凍結融解胚移植による妊娠は自然妊娠に比べて妊娠高血圧症候群のリスクが約1.7倍高く、同一母体内で比較しても約2倍のリスク上昇が認められました。一方、新鮮胚移植では自然妊娠との差は認められませんでした。
母体への影響
妊娠高血圧症候群では、血圧の急激な上昇や子癇(けいれん発作)といった重症化リスクがあります。また、腎機能障害・肝機能障害・脳出血などの臓器障害、血小板減少やHELLP症候群(溶血、肝機能障害、血小板減少を伴う重症型)、常位胎盤早期剥離などのリスクも増加します。結果として帝王切開率も上昇することが知られています。
胎児・新生児への影響
胎盤機能不全により胎児発育不全が起こることがあります。
母体・胎児いずれかの状態悪化により早期分娩が必要となる場合があり、妊娠34週未満の早産となるリスクがあります。その結果、低出生体重児や子宮内胎児死亡に至るケースもあります。
妊娠高血圧症候群の予防と管理
妊娠前からのリスク評価と生活習慣の改善、妊娠中の継続的な管理と早期発見が重要です。
最近の研究では、高リスク群に対する低用量アスピリン投与に予防効果があることが示されています。低用量アスピリンは妊娠16週未満からの開始が推奨され、用量は1日81〜100mgです。中リスク因子群に関しては、複数項目を認める場合は内服を考慮したり、妊娠初期PE(妊娠高血圧腎症)スクリーニングを実施した上で検討してもよいかもしれません。
生殖医療ガイドライン2025では、添付文書上は分娩前12週の投与が禁忌とされているため、妊娠27週台までが原則とされています。ただし欧米では妊娠後期まで継続投与することが一般的であり、必要に応じて妊娠35週台まで継続することもあります。終了時期は周産期施設および個々の患者さまの状況により判断します。
出血傾向のある方やアスピリンアレルギーのある方には使用できません。
妊娠高血圧症候群既往女性の将来リスクと生活習慣
妊娠高血圧症候群を経験した方は、将来的に心血管疾患のリスクが高まることが知られています。定期的に健康診断を受け、高血圧・糖尿病・脂質異常症などのチェックを継続することが大切です。
まとめ
妊娠高血圧症候群は、母児ともに重篤な合併症を引き起こす可能性のある疾患です。
当院では、生殖医療ガイドライン2025および不育症管理提言2025に基づき、
- 妊娠前のリスク因子評価(血圧、体重、既往歴、家族歴、血栓性素因など)
- ハイリスク群に対する胚移植時の内膜調整法の提案
- 妊娠時の低用量アスピリンによる予防療法の推奨
- 必要に応じた妊娠初期PEスクリーニング実施施設の紹介
- 高次周産期施設との連携
を行っています。
ご不明な点やご心配なことがございましたら、いつでもお気軽にご相談ください。
患者さま一人ひとりの状況に応じ、最適な治療プランをご提案いたします。



