研究の紹介
参考文献
日本語タイトル
AZFc(b2/b4、b1/b3、b2/b3、gr/gr)欠失および一次重複が、初回顕微授精(ICSI)治療サイクルの転帰に及ぼす影響:単一施設後ろ向きコホート研究
英語タイトル
Effects of AZFc (b2/b4, b1/b3, b2/b3, and gr/gr) deletions and primary duplications on the outcomes of the first intracytoplasmic sperm injection treatment cycle: A single‐center retrospective cohort study
PubMedよりCITAtion, PMIDも.
Li L, 他. Andrology. 2025 Oct;13(7):1757-1771. doi: 10.1111/andr.13818. PMID: 39670421.
はじめに
男性不妊の原因として、Y 染色体上にある AZF 領域の欠失や重複が注目されています。とくに AZFc は構造が複雑で、さまざまな遺伝的変化が起こりやすい領域です。しかし、部分的な欠失や重複が顕微授精(ICSI)の受精率や妊娠成績にどの程度影響するのかは、十分に分かっていません。
近年、次世代シーケンス(NGS)により AZF の微細な構造変化を高精度に検出できるようになり、臨床的意義の再評価が進んでいます。特に興味深い点として、日本では AZF 欠失は保険診療の中で広く調べられていますが、AZF 重複は routine の検査では評価されておらず、臨床情報が極めて限られているという現状があります。
本研究は、AZFc の欠失だけでなく、我が国での日常診療では検査されない重複までを含め、その影響を包括的に検証した点で非常に意義深い内容となっています。
研究のポイント
b2/b4 欠失は ICSI の受精率を有意に低下させましたが、部分的 AZFc 欠失(b1/b3、b2/b3、gr/gr)は受精率に影響しませんでした。
一方、AZFc 一次重複(primary duplication)は精液所見が多様で、ICSI の妊娠成績・出生成績を悪化させ、特に低出生体重と関連します。
研究の要旨
背景
近年のハイスループットシーケンス技術の進歩により、不妊カップルにおける Y 染色体微小欠失および一次重複を高精度に同定できるようになっています。しかし、これらの変異が生殖補助医療においてどのような機序で影響し、どの程度の臨床的意義を持つのかについては、まだ明らかになっていません。
目的
AZFc(b2/b4、b1/b3、b2/b3、gr/gr)欠失および一次重複が、初回顕微授精(ICSI)治療サイクルの転帰に及ぼす影響を検討することを目的としました。
方法
不妊男性における Y 染色体の微小欠失および一次重複は、次世代シーケンス(NGS)技術を用いて検出しました。この施設ではICSI 治療前に、男性不妊患者に対するルーチンの検査の一環として、NGS(次世代シーケンス)法に基づく Y 染色体微小欠失(重複)検査が実施されています。本研究に含まれた AZF 領域の CNV を有するすべての患者には、AZFc 領域の欠失や重複が 子孫へ遺伝し得ること、そしてそれが 男児における精子形成障害を引き起こす可能性があることについて、十分な説明が行われました。
初回 ICSI を受けた 813 名の患者を以下の 6 群に分類しました。
- b2/b4 欠失群(n = 28)
- 部分的 AZFc 欠失 3 群:b1/b3(n = 13)、b2/b3(n = 72)、gr/gr(n = 71)
- AZFc 一次重複群(n = 54)
- Y 染色体正常の対照群(n = 575)
これらの群間で、ICSI のアウトカムおよび累積生殖成績を比較するため、多変量ロジスティック回帰分析を行いました。
結果
対照群と比較して、b2/b4 欠失群では ICSI 後の成績が不良でした。採卵卵子あたりの受精率(72.22% vs. 79.89%; 調整オッズ比[OR]0.63, 95%CI 0.45–0.88, p < 0.01)および 2PN率(66.37% vs. 74.80%; 調整 OR 0.65, 95%CI 0.47–0.89, p < 0.01)は、補正前後いずれでも有意に低くなりました。
一方で、部分的 AZFc 欠失(b1/b3、b2/b3、gr/gr)の 3 群では、ICSI 受精率に影響は認められませんでした。
AZFc 一次重複群では、胚移植あたりの臨床妊娠率が有意に低下していました(56.25% vs. 65.97%; 調整 OR 0.64, 95%CI 0.41–0.99, p < 0.05)。また、精液所見は無精子症から正常精子症まで幅広い範囲を示しました。さらに、胚の質、臨床妊娠率、出生成績(図)など、すべての指標において一次重複群は対照群よりも劣っていました。
結論
本研究から、以下のことが明らかになりました。
b2/b4 欠失は ICSI の成績、特に受精率に対して有害な影響を及ぼします。
部分的 AZFc 欠失は ICSI 受精率に有意な影響を与えません。
AZFc 一次重複は精液所見に多様性をもたらし、ICSI の胚学的および妊娠成績を低下させます。特に出生児の低出生体重と有意な関連を示しました。
# 用語
CNV, copy number variation
図. AZF欠失および重複と出生時の身長体重



解説
本研究では、AZFc のさまざまな欠失および重複について、 ICSI 成績に与える影響を後ろ向きに検討しました。b2/b4 完全欠失では受精率・2PN 受精率が有意に低下し、胚発育や出生率も明らかに不良でした。一方、部分的 AZFc 欠失(b1/b3、b2/b3、gr/gr)は受精率への影響は軽度でしたが、複雑な CNV(欠失+重複)を伴う場合は妊娠転帰が悪化する可能性が示唆されました。重複については我が国のAZF欠失の検査では検出されませんのでとても重要と思われます。
AZFc 一次重複は、精液所見が無精子症〜正常精子症まで幅広く、ICSI 後の出生児における低出生体重リスクの上昇という重要な所見が認められました。これは胎児発育や胎盤機能に影響を及ぼす可能性を示しています。
この論文の中では、重複が影響を及ぼす機序について以下のようなことが述べられていました:
- 遺伝子量(gene dosage)の異常
AZFc 重複により、一部の遺伝子のコピー数が増え過ぎる
→ 遺伝子発現が過剰となり、正常な精子形成のバランスが崩れる - クロマチン構造の破綻(destructive chromatin configuration)
単なる「コピー数の増加」だけでなく、
→ 複雑な構造変化が精子形成に不利なクロマチン状態を作りうる - Y 染色体系統(lineage)による影響
特定の Y ハプログループでは、同じ重複でも影響が強く出る場合がある
→ 背景となる染色体構造との相互作用の可能性 - 遺伝子間の相互作用・バランスの破綻
AZFc 内の遺伝子群は協調的に働いている
→ コピー数の偏りによって遺伝子間のバランスが崩れる - 部分欠失+重複という複雑 なCNV の悪影響
欠失と重複が同時に存在するケース
→ 単独欠失よりも精巣機能への悪影響が強い可能性がある
(複雑な再構成により spermatogenesis がさらに障害される) - 胎児発育への影響(新しい知見)
本研究の重要な発見として:
ICSI で生まれた児の低出生体重のリスクを上げる
twins では影響がさらに顕著
このように、精子形成だけでなく、胎盤機能や胚発育初期の遺伝子発現に影響する可能性が示唆されます。
以上より、AZFc の欠失・重複は ICSI の成績および出生アウトカムに影響を及ぼし、とくに b2/b4 欠失と AZFc 重複は臨床的に注意すべき遺伝的変化であることが示されました。NGS による詳細な AZF 解析により、不妊カップルの遺伝カウンセリングに有益な情報を提供してくれると考えられます。我が国でも可能になることを期待します。
文責:小宮顕(亀田総合病院 泌尿器科部長)
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