男性不妊

2025.08.23

男性不妊とがんリスクの意外な接点 (Human Reprod Open、2025)

研究の紹介

参考文献

不妊男性における遺伝性がん関連生殖細胞系列変異の有意な頻度増加 

Significantly increased load of hereditary cancer-linked germline variants in infertile men. 

Valkna A,ほか. Hum Reprod Open. 2025 Feb 21;2025(2):hoaf008. doi: 10.1093/hropen/hoaf008. PMID: 40060932.

はじめに

すでに複数の疫学研究により、精子数が少ない男性は将来的にがんを発症するリスクが約2倍に増加することが報告されています(Eisenberg et al., 2013; Ramsay et al., 2024)。また、今回ご紹介する研究者らの先行研究では、単一遺伝子異常による不妊症の男性では、一般男性と比較してがんの発症率が約4倍に達することが示されています(Lillepea et al., 2024)。このような観察研究の結果は男性不妊とがんの間に分子生物学的なレベルでの共通の原因が存在する可能性を示唆しています。  

特に、生殖細胞系列(germline)における遺伝性がん関連遺伝子の変異が、精子形成障害とがんの双方に関与していると考えられています。しかしながら、妊孕性のある男性と比較して不妊男性におけるこれらの変異の保因頻度を直接比較した研究はこれまで限られていました。 

そこで本研究では、エストニアのアンドロロジーコホートを用いて、不妊男性における遺伝性がん関連遺伝子の病的変異の頻度と特徴を明らかにすることを目的としています。この研究は、男性不妊の診療の中で、将来のがんリスクを早く見つけるヒントになるかもしれません。

研究のポイント

不妊男性における遺伝性がん関連遺伝子の変異保因者の頻度が、妊孕性のある男性と比べて約5倍高いことが明らかになりました

研究の要旨

研究の問い 

不妊男性と妊孕性のある男性では、遺伝性がんに関連する生殖細胞系列変異の保因者の頻度や特徴に違いがあるのでしょうか?

研究結果のまとめ

本研究では、不妊男性における遺伝性がん関連遺伝子の変異保因者の頻度が、妊孕性のある男性と比べて約5倍高いことが明らかになりました(6.9% 対 1.5%、P = 2.3 × 10⁻⁴)。

既に知られていること

疫学研究によって、精子数が少ない男性は生涯を通じてがんを発症するリスクが約2倍高いことが報告されています。本研究の研究者らの最近の先行研究でも、単一遺伝子の異常による不妊症の男性では、がんの発症率が一般男性の4倍であることが示されました(8% 対 2%)。男性不妊とがんは、共通の分子的背景を持つ可能性が指摘されています。

研究デザイン・対象・期間

本研究は後ろ向き研究であり、エストニアのアンドロロジー研究(ESTAND)コホートに登録された不妊男性522名(総精子数が39×10^6以下)および妊孕性のある男性(妊娠を得た女性のパートナーで精液所見が正常の男性)323名を対象に、157の遺伝性がん関連遺伝子における疾患関連性の高い変異(LP/P変異*)の保因者の頻度を調査しました。

参加者・方法

すべての参加者(計845名)はアンドロジークリニックで診察・理学的評価を受けており、エクソーム解析によってがん関連遺伝子の変異を同定しました。変異は自動フィルタリング、手動での病原性評価、サンガーシーケンシングによる確認を経て確定しました。LP/P変異を有していた男性41名のうち、36名(88%)については健康記録の後ろ向きデータが利用可能でした。

結果

不妊男性では、がん関連遺伝子のLP/P変異を保因している頻度が6.9%(522人中36人)であり、妊孕性のある男性の1.5%(323人中5人)と比べて有意に高くなっていました(オッズ比4.7、95%信頼区間1.81–15.5、P = 2.3 × 10⁻⁴)。24種類の遺伝性がん関連遺伝子に変異を認めました。これらは、無精子症と乏精子症の間で有意差を認めず、また停留精巣の既往歴の有無による差も認められませんでした。 

研究時点で、LP/P変異を有していた男性6名が実際に腫瘍と診断されており、14例中10例において家族においてもがんの罹患歴が確認されていました。

LP/P変異を保因していた不妊男性の約半数(36症例中17症例)は、ファンコニ貧血(FA)経路に関わる遺伝子に変異を持っていました(表)。これらの遺伝子は、有糸分裂や減数分裂におけるゲノムの安定性維持、DNA二本鎖切断や架橋の修復などに関与しています。 

特にBRCA2(片対立遺伝子)およびFANCM(両対立遺伝子)は、最も多く変異を認めた遺伝子でした(各5症例)。また、TSC1、PHOX2B、WT1、SPRED1、NF1、LZTR1、HOXB13といった、発生やがんに関与する多機能遺伝子の変異も複数の症候群的特徴を持つ患者で見つかりました。

停留精巣を有する4症例の不妊男性では、リンチ症候群に関連するMLH1、MSH2、MSH6の変異を保因していました。これらの所見が偶然かどうかは、今後の検証が必要です。 

LP/P変異が見つかった多くの遺伝性がん遺伝子は、精巣内の1つ以上の細胞型で高発現しており、24遺伝子中15遺伝子に関しては、マウスモデルでオスの不妊が報告されています。このような結果は、精子形成障害とがんが共通の遺伝的背景を持つ可能性を示すものであり、不妊男性にがんが合併する頻度が高いことの一因とも考えられます。

大規模データの公開

本研究で同定されたすべての遺伝性がん関連変異は、NCBIのClinVarデータベース(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/clinvar/)に登録されています。

研究の限界

参加者はすべてエストニア在住のヨーロッパ系白人であったため、他の人種や地域にそのまま当てはまるとは限りません。また、参加者の年齢中央値が34.4歳と若いため、生涯を通じたがんの発症率を本研究では評価できませんでした。すべての参加者の詳細な臨床データや家族の遺伝情報が得られているわけではなかったため、変異の遺伝的性質(遺伝性か新規変異か)や表現型との関連性については完全な評価はできませんでした。

研究結果の意義

世界では男性の7〜10%が不妊症に悩んでいます。本研究では、精子形成に障害のある男性15人に1人が、遺伝性がん関連遺伝子の変異を保因していることが示されました。 

現在、エクソーム解析はアンドロロジー領域でも分子診断の一部として導入されつつあります。不妊男性の評価時に、がん関連遺伝子の変異も同時に調べることで、将来的ながんリスクを早期に把握し、予防的な対応につなげることが可能となります。 

特に男性不妊は30代で診断されることが多く、がんの発症や症状が出る前の段階でリスク評価が行えるという点で臨床的に大きな意義があります。本研究は、遺伝性がんと精子形成障害に共通する単一遺伝子性の原因が存在する可能性を示唆しています

# LP/P変異とは? 

LP:Likely Pathogenic、病原性が高いと考えられる変異 

P:Pathogenic、病原性が確定している変異

表. 不妊男性および健常男性において同定された、発がん性遺伝子のLP/P変異

症例数カテゴリLP/P変異を認めた遺伝子(症例数)
健常男性5全てBRCA1(2)、ATM、BARD1、BRCA2
不妊男性36DNA修復FANCM(5)、BRCA2(4)、BRIP2(2)、MSH2(2)、PALB2(2)、RAD51C(2)、MLH1、MSH6、RAD51C+BRIP1
がん抑制遺伝子CHEK2、SMAD4、LZTT1、TP53、NF1、TSC1、TSC2
発生HOXB13(3)、WT1(2)、EGFR、PHOX2B、SPRED1+TP63

ファンコニ貧血経路に属する遺伝子は太字で示してある。 

EGFRPHOX2B以外は、精巣組織で発現していたりあるいはオスマウスの不妊モデルで変異が指摘されている遺伝子である。

私見

これまで何度もお伝えしてきたように、男性の健康状態と生殖機能はとても深くつながっています。今回ご紹介するのは、その関係を分子生物学的な視点から明らかにした、とても興味深い研究です。一部の男性不妊では、がんと共通する遺伝的な背景がある可能性が示されました。 

つまり、不妊の診察の中でも、がんや不妊症の家族歴を丁寧にうかがうことが大切だということです。 

遺伝的な体質そのものを今の医学で変えることはできませんが、精子の数が少なく、これから父親になることを目指している方には、「少しがんになりやすい体質かもしれない」という視点を含めたアドバイスも必要になるかもしれません。 

将来的には、男性不妊の診療の中で遺伝子検査を行い、その方の将来のがんリスクを早めに知ることができれば、予防や定期的なチェックにつなげられる可能性があります。これは、不妊男性をがん検診の新しい対象にする、という発想です。 

もちろん、遺伝子の変化を持っていても症状がない方も多くいらっしゃいますので、実際に活用する際には、遺伝カウンセリングやご家族への説明など、丁寧な対応が欠かせません。

文責:小宮顕(亀田総合病院 泌尿器科部長)

お子さんを望んで妊活をされているご夫婦のためのコラムです。妊娠・タイミング法・人工授精・体外受精・顕微授精などに関して、当院の成績と論文を参考に掲載しています。内容が難しい部分もありますが、どうぞご容赦ください。当コラム内のテキスト、画像、グラフなどの無断転載・無断使用はご遠慮ください。

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