体外受精

2025.11.26

トリガーから採卵までの最適時間:GnRHアゴニストvs hCG(F S Rep. 2025)

はじめに

hCGやGnRHアゴニストによるトリガーから採卵までの間隔は、通常34-40時間に設定されています。しかし、トリガーの種類に基づく最適なタイミングは明確ではありませんでした。今回、約6万周期という大規模データを用いて、GnRHアゴニストとhCGトリガーにおける最適な採卵時間間隔を検討した研究をご紹介いたします。

ポイント

GnRHアゴニストでは36.5時間以上の長い間隔で成熟卵子数が増加し、hCGでは36.5時間未満の短い間隔でより多くの成熟卵子が得られました。

引用文献

Noritoshi Enatsu, et al. F S Rep. 2025. doi: 10.1016/j.xfre.2025.07.009.

論文内容

体外受精周期におけるトリガーから採卵までの間隔と、その後の体外受精成績を評価することで、卵成熟トリガーの最適なタイミングを調査することを目的とした単一施設レトロスペクティブコホート研究です。2010年4月から2024年3月まで、同施設で行われた合計59,206採卵周期(GnRHアゴニスト群:40,793周期、hCG群:18,413周期)を対象としました。LHサージが出た周期、およびトリガー翌日に採卵を行った周期、デュアルトリガー周期は除外されました。
GnRHアゴニスト群(ブセレリン600μg点鼻スプレー)とhCG群(hCG 3,000-10,000 IUまたはコリオゴナドトロピンアルファ250μg皮下注射)の2群に分類され、主要評価項目は採卵された成熟MII卵子の総数でした。

結果

GnRHアゴニストトリガー群では、短い間隔と比較して長い間隔でより多くのMII卵子が回収されました(7.2 ± 6.5個 vs. 4.3 ± 5.3個)。一方、hCGトリガー群では、長い間隔と比較して短い間隔でより多くの卵子が回収されました(4.0 ± 4.6個 vs. 6.9 ± 5.8個)。短い間隔と長い間隔の差は、高年齢群でより顕著になりました。MII率は間隔の長さで有意差を示しませんでしたが、GnRHアゴニスト群では間隔が36.5時間以上の場合に胞胚形成率と胞胚総数が著明に高くなりました。

私見

GnRHアゴニストトリガーに関する大規模データは限られていました。Ranit et al.(J Assist Reprod Genet, 2024)は438周期の小規模研究で間隔による差を認めませんでした。といっても、この論文のFig1を見ると若干間隔が長い方がよいのでは???という気になってしまいます。そして、この論文ではGnRHアゴニストトリガーは2mgの注射製剤なので国内データとは異なりますね。
生理学的には、GnRHアゴニストは内因性LHサージを誘導し、血清LH値は投与後約4時間でピークに達します。一方、hCGは投与後約15時間でピークとなり、LH受容体に対する親和性がLHより高く、同モル濃度でのcAMP活性がLHの5倍強力です(Casarini et al. PLoS One, 2012)。これらの薬理動態の違いが、最適タイミングの相違を説明すると考えられます。
この論文の一番の目玉はFig1ですよね。
GnRHアゴニストトリガーの特徴は、36.5時間を境に明確な変化点、37.5時間以上で最も多くのMII卵子を回収、高品質胞胚数も37.5時間以上で最高値、時間が長くなるほど成績が向上する傾向があります。反対にhCGトリガーの特徴は、35.5時間未満で最も多くのMII卵子を回収し、時間が長くなるほど成績が悪化する傾向があります。ここまでわかりやすいFigは臨床研究をやっていると遭遇しないので、臨床を行いながら成績改善のために俯瞰してデータを眺める習慣がある施設だからなしえる素晴らしい結果だと思います。見習って精進します。

文責:川井清考(WFC group CEO)

お子さんを望んで妊活をされているご夫婦のためのコラムです。妊娠・タイミング法・人工授精・体外受精・顕微授精などに関して、当院の成績と論文を参考に掲載しています。内容が難しい部分もありますが、どうぞご容赦ください。当コラム内のテキスト、画像、グラフなどの無断転載・無断使用はご遠慮ください。

# 排卵誘発、トリガー

# 卵巣刺激

WFC group CEO

川井 清考

WFCグループCEO・亀田IVFクリニック幕張院長。生殖医療専門医・不育症認定医。2019年より妊活コラムを通じ、最新の知見とエビデンスに基づく情報を多角的に発信している。

この記事をシェアする

あわせて読みたい記事

PP法とGnRHアンタゴニスト法比較:システマティックレビューとメタアナリシス(J Assist Reprod Genet. 2025)

2025.09.19

DYD-PPOS vs. MPA-PPOS vs. GnRHアンタゴニスト(J Assist Reprod Genet. 2025) 

2025.07.08

卵巣反応性不良患者における自然周期と調節卵巣刺激の累積生児獲得率(J Assist Reprod Genet. 2025)

2025.07.03

フォリトロピンデルタを用いたPPOS法 vs. アンタゴニスト法(Cureus 2025)

2025.06.05

ロング法(レコベル®皮下注ペン)にrhCGを追加するとよい?( Hum Reprod. 2022)

2025.05.28

体外受精の人気記事

2023年ARTデータブックまとめ(日本産科婦人科学会)

凍結胚移植当日の血清E2値と流産率(Hum Reprod. 2025)

自然周期採卵における採卵時適正卵胞サイズ(Frontiers in Endocrinology. 2022)

年齢別:正倍数性胚盤胞3個以上を得るために必要な成熟凍結卵子数(Fertil Steril. 2025)

高年齢の不妊治療で注目されるPGT-A(2025年日本の細則改訂について)

PGT-Aによる体外受精での出産までの期間への影響(Fertil Steril. 2025)

今月の人気記事

2023年ARTデータブックまとめ(日本産科婦人科学会)

2025.09.01

2025.09.03

レトロゾール周期人工授精における排卵誘発時至適卵胞サイズ(Fertil Steril. 2025)

2025.09.03

凍結胚移植当日の血清E2値と流産率(Hum Reprod. 2025)

2025.06.09

自然周期採卵における採卵時適正卵胞サイズ(Frontiers in Endocrinology. 2022)

2025.03.25

年齢別:正倍数性胚盤胞3個以上を得るために必要な成熟凍結卵子数(Fertil Steril. 2025)

2025.10.06

2024.03.14

禁欲期間が長いと妊活にはよくないです

2024.03.14