はじめに
精子が受精胚の発生に影響を与えるメカニズムについては、まだ不明な点が多くあります。受精後3日後の8細胞期付近でzygotic expressionが起き、ここから父型の遺伝子発現が主に動き始めます。よって父型の遺伝子にダメージが大きいと、胚の発生後半に影響を与えるとされています。
精子のDNAフラグメンテーションが増加すると受精胚質の低下、臨床的妊娠率の低下、流産率の上昇、および反復流産との関係が報告されています。
卵子はちょっとした精子のダメージを修復するのに年齢って影響するの?という切り口で書かれている報告をご紹介いたします。
ポイント
高齢女性の卵子では精子DNA損傷の修復能力が低下し、DNAフラグメンテーションが高い精子を用いた顕微授精は、母体年齢上昇とともに着床率・妊娠率の低下、流産率の上昇につながることが明らかになりました。40歳以上では特に顕著な影響が認められます。
引用文献
Amanda Souza Setti, et al. Fertil Steril. 2021. doi: 10.1016/j.fertnstert.2020.10.045.
論文内容
異なる年齢層の女性を対象に、精子DNAフラグメンテーションが生殖補助医療の臨床成績に及ぼす影響を検討することを目的としています。
2017年6月から2019年12月の間にICSIを受けた540組のカップルを対象としました。卵巣刺激はFSHアンタゴニスト周期で行い、17mm以上の卵胞が3個以上になった段階でrhCGを投与し、35時間後に採卵を実施しました。
体外受精周期を母体年齢に応じて3つのグループに分けました:36歳未満(n=285)、37-40歳(n=147)、41歳以上(n=108)。精液サンプルは、精子クロマチン分散試験を用いて精子DNAフラグメンテーション(SDF)を評価し、年齢層ごとに、SDF指数に応じて、低断片化指数(<30% SDF)と高断片化指数(≧30% SDF)に分けました。主な評価項目は着床率、妊娠率、流産率としました。
結果
母体年齢が36歳以下および37〜40歳の場合、<30% SDFまたは≧30% SDFの体外受精周期では、検査結果および臨床結果に有意な差は認められませんでした。
母体年齢が40歳以上の場合、≧30% SDFを用いた体外受精周期では、<30% SDFと比較して以下の結果が認められました。
- 高品質の第3日目胚の低下(54.4%対33.1%)
- 胚盤胞発育率の低下(49.6%対30.2%)
- 妊娠率の低下(20.0%対7.7%)
- 着床率の低下(19.7%対11.9%)
- 流産率の増加(12.5%対100.0%)
注記
- 精子のDNAフラグメンテーションはSCDテスト(Halosperm; Halotech社: 200 sperm count)を用いて、ICSIに提供された精子サンプルを用いて行っています
- 良好分割期胚の定義:day2: 4cell、day3: 8-10cell、<15% fragmentationなど
- 妊娠率:胚移植回数あたりの心拍が確認された数
- 着床率:胚移植胚数あたりの心拍が確認された数
- 流産:20週以前の流産と定義
私見
精子DNAフラグメンテーションが高い精子を用いた顕微授精を用いた体外受精は、母体年齢が上がるとともに着床率、妊娠率の低下、流産率の上昇につながることが分かりました。
母体年齢の上昇が卵子のメッセンジャーRNAの蓄積量やDNA repair activity(DRA)を減少させるという先行研究と一致する結果となっています(Hamatani Tら. Hum Mol Genet 2004)。
胚発生の最初の24時間(S期)の頃には、母型・父型の遺伝子に修復すべき何十万ものDNA損傷が存在するとされています。その場合、卵子は①アポトーシス:1つまたは複数の割球を壊して受精胚の生存率を低下、②許容:少量であれば突然変異として児に伝播の可能性、③修復、のバランスを取りながら胚発生を進めていきます(Menezo Yら. Zygote 2010)。
それ以外にも生理学的経路のいくつかの問題が生じるとされています。エネルギー管理と代謝(ミトコンドリア機能不全)、エピジェネティクス、細胞周期チェックポイント(紡錘体アセンブリチェックポイントの障害による減数分裂紡錘体の異常)、減数分裂(コヒーシン機能不全)、テロメアの短縮などです。これらの結果として、胚盤胞形成の低下や染色体異常が生じ、体外受精結果の低下につながることが分かっています。
文責:川井清考(WFC group CEO)
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