治療予後・その他

2024.11.05

体外受精出生児の神経発達(Am J Obstet Gynecol. 2024)

はじめに

体外受精で生まれた子供の神経予後については様々な報告があります。 
 
認知発達   
差なし(A.R. Rumbold, et al. Hum Reprod, 2017、C. Carson, et al. 2011)   
低下(J.L. Zhu, et al.Paediatr Perinat Epidemiol, 2009)   
向上(S. Roychoudhury, et al. Am J Obstet Gynecol, 2021)   
 
運動能力   
差なし(W. Li, et al. Reprod Biomed Online, 2023、J. Balayla, et al. Obstet Gynecol, 2017、E.H. Yeung, et al. JAMA Pediatr, 2016)   
低下(K. Rönö, et al. Fertil Steril, 2022)   
 
今回の報告は中国からの報告ですが、認知発達向上、粗大運動低下を示唆した内容となっています。

ポイント

体外受精で生まれた単胎児の認知発達、コミュニケーション、微細運動の領域においては自然妊娠で生まれた単胎児と差がありませんが、粗大運動発達だけ低下していました。報告によって結果は異なりますが、妊娠・出産がゴールではなく子供と向き合う時間を十分にとることが重要なのだと思います。

参考文献

Weiting Wang, et al. Am J Obstet Gynecol. 2024 Nov;231(5):532.e1-532.e21.  doi: 10.1016/j.ajog.2024.05.039.

論文紹介

ART妊娠し出生した1歳児の神経発達を自然妊娠し出生した児と比較検討しました。   
中国江蘇省で体外受精治療を受けたカップル、および自然妊娠したカップル(2014年~2020年)を対象としたコホート研究(3,531妊娠、コホート児3,840名、ART児1,906名:うち621名双胎)です。ポアソン回帰分析を行い、ART利用による未調整および調整後リスク比と95%信頼区間を推定しました。

結果

ART単胎児は自然妊娠単胎児と比較し、共変量を調整したあと、3領域(認知、aRR 0.66;95%CI 0.53–0.82; 受容コミュニケーション、0.76; 0.64–0.91; 表現コミュニケーション、0.69; 0.51–0.93)で24-34%のリスク低下を認めました。粗大運動の領域では逆の関連性が認められ、ART単胎児は自然妊娠単胎児と比較して粗大運動発達が不十分であるリスク上昇(aRR、1.41;95%CI、1.11–1.79)と認めました。ART双胎児は、単胎児と比較すると複数領域で神経発達が損なわれていることが示されました。ART単胎児において、胚質は受容的コミュニケーション(aRR、1.50;95%CI、1.05-2.14)および粗大運動(1.55;1.02-2.36)のリスクと関連していました。

私見

神経発達に影響を与える因子として①子供との関わりをどれから強くもつか、②体外受精という治療の影響がどれくらい関連するか、という点にフォーカスされます。 
 
①の観点では、生殖補助医療で生まれた子供の親は、妊婦検診へのより高い順守率を示し、医師の助言をよりよく聞き入れ、医療支援を求める傾向が強く、子育てにより献身的であり、親子間の交流もより頻繁に行っているとされています。これらのことが神経発達に良い影響を与えている可能性が考えられています。 
 
②の観点では、生殖補助医療による妊娠での、早産含めた周産期合併症、治療におけるエピジェネティックな変化などが考えられます。 
 
神経発達は私の専門ではありませんので、わからないことだらけです。   
神経発達は、1. Cognition(認知発達)、2. Receptive communication(受容的コミュニケーション)、3. Expressive communication(表出的コミュニケーション)、4. Fine motor(微細運動)、5. Gross motor(粗大運動)にわけて検討されることが多く、これらの発達は相互に関連し影響し合っていますし、個人差が大きく発達の順序は同じでも時期には幅があるなかで、研究報告にはばらつきがあるのが致し方ないかなと思っています。ただ、ひとつ言えるのは環境因子が後天的に児の神経発達に大きな影響を与えるということです。 
 
不妊治療は妊娠・出産がゴールではなく、生まれてきた子供との時間・関わりを大事にしてほしいと日々感じています。

文責:川井清考(WFC group CEO)

お子さんを望んで妊活をされているご夫婦のためのコラムです。妊娠・タイミング法・人工授精・体外受精・顕微授精などに関して、当院の成績と論文を参考に掲載しています。内容が難しい部分もありますが、どうぞご容赦ください。当コラム内のテキスト、画像、グラフなどの無断転載・無断使用はご遠慮ください。

# 出生児予後

この記事をシェアする

あわせて読みたい記事

妊娠前メトホルミンによる重症妊娠悪阻リスクの低下(Am J Obstet Gynecol. 2025)

2025.08.19

妊娠中期頚管短縮に対するプロゲステロン腟剤の周産期予後改善効果(Am J Obstet Gynecol. 2025)

2025.08.18

ART妊娠親子の心理的転帰:システマティックレビュー・メタアナリシス(J Assist Reprod Genet. 2025)

2025.07.29

高齢化における生殖補助医療の倫理的考慮:Ethics Committee opinion(Fertil Steril. 2025)

2025.07.25

FGRに対する低分子量ヘパリン治療は妊娠期間を延長しない(Am J Obstet Gynecol. 2025)

2025.06.25

治療予後・その他の人気記事

妊娠中メトホルミン使用は児神経予後と関連しない(Am J Obstet Gynecol. 2024)

妊娠初期PEスクリーニングの早産との関連(Am J Obstet Gynecol. 2024)

妊娠周辺期HbA1c高値と児の先天性心疾患(Hum Reprod. 2024)

体外受精出生児の神経発達(Am J Obstet Gynecol. 2024)

異所性妊娠・流産予測の未来(Fertil Steril. 2024)

妊娠前メトホルミンによる重症妊娠悪阻リスクの低下(Am J Obstet Gynecol. 2025)

今月の人気記事

2025.09.02

挙児希望男性の初回精液検査・精子DNA断片化率・精液酸化還元電位の異常頻度(日本受精着床学会雑誌. 2024)

2025.09.02

2023年ARTデータブックまとめ(日本産科婦人科学会)

2025.09.01

2025.09.03

レトロゾール周期人工授精における排卵誘発時至適卵胞サイズ(Fertil Steril. 2025)

2025.09.03

レスベラトロールにおける生殖機能への影響

2024.10.15

低頻度モザイク胚の出産後転機(Fertil Steril. 2024)

2024.09.25

反復着床不全患者の事後妊娠率(J Assist Reprod Genet. 2024)

2024.10.11