研究の紹介
参考文献
不妊治療クリニック受診男性における知覚されたストレスと精巣機能との関連
Perceived stress in relation to testicular function markers among men attending a fertility center.
Reddy AG, 他Fertil Steril. 2025 Jul;124(1):62-70. doi: 10.1016/j.fertnstert.2025.02.012. PMID: 39954980.
はじめに
以前、同様の研究をご紹介しました。これは「Pregnancy Study Online(PRESTO)」というオンライン調査で、ストレス(知覚されたストレス:Perceived Stress)をPSS-10(Perceived Stress Scale-10)という10項目の質問票を用いて評価したものでした(Andrology. 2022年9月、DOI: 10.1111/andr.13301)。その結果、ストレスと精液所見との間に明確な関連は認められませんでした。
一方で、不妊検査を受けた男性の半数以上がPSS-10で高いストレススコアを示し、ストレスが性欲や勃起機能に悪影響を及ぼしていることも報告されています(Fertility and Sterility, 122(4)Suppl. e207, 2024年10月発表、DOI: 10.1016/j.fertnstert.2024.07.682)。
今回は、生殖医療の専門クリニックを受診した妊活中の男性を対象に、PSS-4という4項目の質問票で評価した知覚ストレスと生殖機能との関連を検討した研究をご紹介します。
研究のポイント
知覚ストレスが高いことは、一部の精液所見および精子のDNA損傷と負の関連を示しました。
研究の要旨
研究の目的
自己申告による心理的ストレス(知覚されたストレス)が、精液所見および性ホルモンに悪影響を及ぼしているかどうかを調べました。
研究デザイン
マサチューセッツ総合病院の不妊クリニックを受診した18〜55歳の男性を対象とした観察研究です。
対象
生殖医療専門クリニックを受診した718名の男性を対象としました。精液および血清を提供してもらい、ストレスはCohenの知覚ストレス尺度短縮版(PSS-4)に回答してもらい評価しました。
曝露因子
PSS-4のスコアを用いて、心理的ストレスの知覚レベルを定量化しました。
主要評価項目
世界保健機関(WHO)の基準に基づいて、精液量、精子数、精子濃度、精子運動率、正常形態の精子などの精液所見を評価しました。さらに、Cometアッセイを用いて精子DNA損傷の解析を行いました。また、黄体形成ホルモン(LH)、卵胞刺激ホルモン(FSH)、プロラクチン、インヒビン、テストステロン、エストロゲンの血清濃度を測定しました。線形回帰モデルを用いて、自己申告によるストレスと精巣機能との関連を評価し、年齢、体格指数(BMI)、禁欲期間、精液採取年、採血までの時間で調整を行いました。
結果
PSS-4スコアが最も低い群と比較して、最も高い群では、調整後の平均総精子数が有意に低く(1回の射精あたり1億5300万[95%信頼区間:1億3300万〜1億7500万]に対し、1億1800万[95%CI:1億100万〜1億3900万])、正常形態の精子数も有意に少ない結果となりました(913万[95%CI:743万〜1100万]に対し、597万[95%CI:473万〜755万])。知覚ストレスが高い男性では、精子濃度、運動精子数、正常形態精子の割合、およびDNA損傷の多い精子数についても、平均値が一貫して低い傾向を示しました。一方で、その他のDNA損傷の指標や性ホルモン値との間には、有意な関連は見られませんでした。
結論
知覚ストレスが高いことは、一部の精液所見および精子DNA損傷と負の関連を示しました。しかし、他のDNA損傷マーカーや性ホルモン値との関連は認められませんでした。
表 PSS-4スコアと精液所見(四分位範囲ごとに分けて検討)
精液検査パラメータ(調整後) | ||||
---|---|---|---|---|
PSS-4スコア(群) | 精液量 (mL) | 精子濃度 (百万/mL) | 総精子数 (百万) | 運動率(%) |
Q1 [0–2点] | 3.02 (2.79–3.20) | 56.3 (50.6–66.3) | 153 (133–175) | 46.2 (44.6–51.1) |
Q2 [3–4点] | 3.02 (2.81–3.23) | 53.6 (47.7–62.4) | 147 (128–169) | 45.0 (43.3–48.7) |
Q3 [5–6点] | 2.91 (2.70–3.13) | 49.7 (43.9–58.2) | 136 (117–158) | 44.5 (42.8–48.3) |
Q4 [7–15点] | 2.90 (2.70–3.13) | 46.5 (39.6–54.5) | 118 (101–139) | 44.1 (42.4–48.0) |
P値(傾向) | 0.83 | 0.04 | 0.003 | 0.06 |
精液検査パラメータ(調整後) | |||
---|---|---|---|
PSS-4スコア(群) | 総運動精子数 (百万) | 精子正常形態率 (%) | 正常形態精子数 (百万) |
Q1 [0–2点] | 59.3 (47.6–73.8) | 6.72 (6.22–7.22) | 9.13 (7.43–11.0) |
Q2 [3–4点] | 55.0 (44.7–67.5) | 6.38 (5.89–6.90) | 8.00 (6.48–9.88) |
Q3 [5–6点] | 53.7 (43.6–66.2) | 5.91 (5.42–6.42) | 6.97 (5.53–8.78) |
Q4 [7–15点] | 50.0 (40.2–62.3) | 5.56 (5.08–6.07) | 5.97 (4.73–7.55) |
P値(傾向) | 0.08 | 0.006 | 0.009 |
# PSS(Perceived Stress Scale:知覚されたストレス尺度)は、個人の心理的ストレスを評価するために検証された質問票です。今回の研究では、PSSの短縮版である「PSS-4(4項目版)」を使用しました。PSS-4は、標準版であるPSS-10またはPSS-14(正式な日本語版あり)と比較して妥当性が確認されていますが、PSS-4は日本語版の正式なものはありません。
参加者は、以下の4つの質問に回答しました
- 人生の大切なことを自分でコントロールできないと感じたことはどのくらいありますか?
- 自分の個人的な問題にうまく対処できるという自信があったのはどのくらいありますか?
- 物事が自分の思い通りに進んでいると感じたことはどのくらいありますか?
- 困難が山積みになっていて、とても乗り越えられないと感じたことはどのくらいありますか?
回答は5段階のリッカート尺度で評価されました
「まったくない(0点)」「ほとんどない(1点)」「ときどきある(2点)」「かなりある(3点)」「非常に頻繁にある(4点)」。
4項目の合計得点は0点(ストレスが最も少ない)から16点(ストレスが最も高い)の範囲で算出されます。
(質問の2と3は点数を逆にしているようです)
私見
今回の研究では、PSS-4で評価した「知覚されたストレス(心理的ストレス)」が高いほど、精液所見が悪化していることが明らかになりました。これは、以前ご紹介した研究とは異なる結果です。
実際に妊活のために専門クリニックを受診し、院内で精液検査を受けた方においては、心理的ストレスが生殖機能に悪影響を及ぼしていたことになります。論文の考察(Discussion)でも、過去の研究と結果が異なることが述べられていましたが、その理由についての詳しい説明はありませんでした。対象となる集団や研究方法、問診票の違いが、結果に影響を与えた可能性があります。
このような結果が得られた背景については、まだはっきりしていません。ストレスによりコルチゾール値が上昇し、視床下部―下垂体―性腺軸に影響が及ぶ可能性が考えられ、この研究でも性ホルモンの値について検討されています。しかし、今回の研究では、ストレスが性ホルモンに明確な影響を与えているとは認められませんでした。
男性不妊外来を受診される患者さんには、日々の生活の中でストレスを溜め込まないように過ごしていただけるよう、丁寧にアドバイスしていきたいと思います。
文責:小宮顕(泌尿器科部長)