
はじめに
多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)は生殖年齢女性において最も頻度の高い内分泌疾患で、8人に1人が罹患しています。PCOSでは排卵障害により月経血量の減少が起こることから、鉄貯蔵の指標であるフェリチン値に影響を与える可能性が指摘されています。フィンランドの大規模人口ベースコホートを用いて、PCOS女性のフェリチン値とその関連因子について検討した報告をご紹介いたします。
ポイント
PCOS女性のフェリチン上昇の主要因は月経血量減少で、インスリン抵抗性も重要な寄与因子として働くことが示されました。
引用文献
Nikke Virtanen, et al. Fertil Steril. 2025 Jun;123(6):1114-1122. doi: 10.1016/j.fertnstert.2025.01.004.
論文内容
PCOS女性におけるフェリチン値とその影響因子を調査し、フェリチン値と他のパラメータとの関連を検討することを目的とした縦断的一般人口ベースコホート研究です。フィンランドの女性健康研究(WENDY)の参加者から、約35歳の女性1,918名を対象としました。PCOSの診断はロッテルダム基準に従い、月経異常、高アンドロゲン血症、多嚢胞性卵巣形態のうち2項目以上を満たす場合と定義しました。
結果
PCOS女性は非PCOS女性と比較して、血清フェリチン値の中央値が有意に高値を示しました(51.43 mg/L vs 44.85 mg/L)。月経不順を有するPCOS女性では、月経不順のない女性と比較してフェリチン低値の頻度が少ない結果でした(1.5% vs 11.8%)。高アンドロゲン血症を有するPCOS女性では、正常アンドロゲン血症の女性よりもフェリチン値の中央値が低値でした(49.96 mg/L vs 73.50 mg/L)。PCOS女性は非PCOS女性よりも空腹時インスリン値が高く(8.85 mU/L vs 7.60 mU/L)、全体集団において空腹時インスリンとフェリチン値の間に正の相関が認められました(効果量0.0619、95%信頼区間0.005-0.119)。不妊歴とフェリチン値の関連については、全体集団およびPCOS女性のいずれにおいても有意な関連は認められませんでした。
私見
PCOS女性のフェリチン上昇には複数の要因が関与していることが明らかになりました。第一の要因は月経血量の減少で、月経不順単独でもPCOS女性と非PCOS女性のフェリチン値差を説明できることが示されています。第二の重要な要因はインスリン抵抗性です。高インスリン血症は組織への鉄取り込みを増加させ、鉄貯蔵量の増加につながります。一方で、鉄の過剰貯蔵自体がインスリン抵抗性を悪化させる可能性も指摘されており、PCOSにおける代謝異常と鉄代謝は双方向の関係にあると考えられます。興味深いことに、高アンドロゲン血症はフェリチン値を低下させる方向に働き、これはテストステロンが赤血球造血を刺激することによる鉄消費の増加が関与している可能性があります。PCOSの管理において、フェリチン値は単なる鉄欠乏の指標としてだけでなく、月経パターンや代謝状態を反映するバイオマーカーとしても有用である可能性があり、今後の臨床応用が期待されます。
ただ、不妊とフェリチン値は関係なさそうですね。
文責:川井清考(WFC group CEO)
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