
はじめに
子宮内膜症は生殖年齢女性の10%に影響を与え、不妊症の重要な原因の一つです。子宮内膜症患者は年齢、卵巣予備能、卵管疎通性、精液所見、内膜症性嚢胞の状況と臨床所見から不妊治療の介入の仕方を変えていこうと治療指針ではフローが記載されています。子宮内膜症性嚢胞に対する手術は卵巣予備能の低下をもたらすため、手術前の治療戦略が重要となります。今回、子宮内膜症性卵巣嚢胞患者における手術前受精胚凍結保存(embryo cryopreservation before surgery : ECBS)の効果を検討した研究をご紹介いたします。
ポイント
手術前受精胚凍結保存(ECBS)は子宮内膜症性嚢胞を有する体外受精患者の妊娠継続時間を延長することなく、生殖予後を改善する有効な方法の可能性があります。
引用文献
Nozomi Takahashi, et al. Reprod Med Biol. 2025 May 6;24(1):e12654. doi: 10.1002/rmb2.12654.
論文内容
子宮内膜症性嚢胞を有するART患者において、手術前受精胚凍結保存(ECBS)が臨床転帰を改善するかどうかを評価することを目的とした後ろ向き研究です。2019年から2022年に体外受精治療を行なった28~42歳の子宮内膜症性嚢胞患者を対象としました。ECBSを実施した17名の患者と手術を行わずに胚移植を受けた43名の患者を対象とし、患者背景、生殖予後、産科転帰を比較しました。
結果
最大嚢胞径はECBS群で対照群より有意に大きくなっていました。妊娠あたりの流産率はECBS群で対照群と比較して低く(0% vs. 35.5%)、症例あたりの継続妊娠率はECBS群で対照群より高値でした(88.2% vs. 58.1%)。継続妊娠までの期間は両群間で同等でした。ECBS群では平均2.2回の採卵で平均7.6個の受精胚を凍結保存し、手術後に胚移植を実施しました。継続妊娠までの平均期間は10.8±5.8か月でした。
ECBS群で出生に至った患者のうち84.6%が3回以下の胚移植で妊娠に至りました。多変量解析では、ECBSが継続妊娠と関連する唯一の因子でした(OR 10.8; 95% CI 1.18-99.2, p=0.0354)。周産期合併症の発生率は両群間で同等でした。
私見
子宮内膜症性嚢胞手術をART患者に行うメリットは、腹腔内炎症環境の改善、内膜症の悪性・境界悪性の否定、妊娠中の嚢胞破裂や感染リスクの回避、胎盤早期剥離などの周産期合併症リスクの軽減可能性があります。デメリットは卵巣予備能の低下、術後避妊期間による治療遅延などとなります。
ESHRE guideline 2022やHamdan M, et al. Hum Reprod Update. 2015では出生率改善のエビデンス不足を理由にART前の内膜症性嚢胞手術を推奨していません。しかし、ECBSにより手術前に十分な受精胚を確保することで、手術のデメリットを軽減しつつメリットを最大化できる可能性があります。今回の検討は症例数がすくないため、今後の動向を注視していきたいと思います。
文責:川井清考(WFC group CEO)
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