体外受精

2021.08.21

MPAによるPPOS(プロゲスチンプロトコール)が普及したきっかけ

はじめに

PPOS(Progestin-primed ovarian stimulation)での黄体ホルモン剤の種類をどのように決定しているかは、先行論文があるかどうかがポイントです。論点としては卵巣刺激での有用性(早発LHサージ・早発排卵を予防できるか、卵質を低下させないか、費用対効果はどうか)、胎児への安全性は問題ないかです。PPOSの先行論文が数多くあるのは、MPA(Medroxyprogesterone Acetate)です。MPAでのPPOSが普及するきっかけとなったのは、Yanping Kuangらが臨床に即した部分の論文を提示してくれたおかげです。PPOS導入を検討している施設が多くありますが、はじめ数例で思った通りの結果にならずに元の刺激に戻るケースも少なくありません。私たちも既存の方法に至るまで、検証を複数重ねてきました。患者さまというよりPPOS導入を検討している医療者向けの内容となっています。投与量は1984年の先行論文で排卵を抑制するだろうと想定できるMPA 10mgを採用しています。 

ポイント

MPA-PPOSは月経3日目からの開始で早発LHサージを抑制し、ショート法と同等の回収卵子数が得られています。トリガーはGnRHaとhCGのデュアルトリガーが推奨され、催奇形性の懸念は全胚凍結により回避可能です。 

引用文献

①MPA投与量を決めるきっかけとなった論文 
A Wikström, et al. Acta Obstet Gynecol Scand. 1984. DOI: 10.3109/00016348409154654 

②MPA法を用いたPPOSが普及するきっかけとなった論文 
Yanping Kuang. et al. Fertil Steril. 2015. DOI: 10.1016/j.fertnstert.2015.03.022 

論文内容

①MPA投与量を決めるきっかけとなった論文 
5名の女性に1日5mgおよび10mgのMPAを経口投与した後、ラジオイムノアッセイでMPA血漿濃度を測定しました。血漿MPA濃度のピークは内服後1~3時間以内に認められ、消化管からの吸収が速いことが分かりました。MPA 5mg服用12時間後のMPA濃度は8週間の試験期間中、一定持続しました。5名での累積10ヵ月フォロー中にエストラジオール濃度は、MPA 5mg投与群では7/10、MPA 10mg投与群では3/10上昇を認めました。同様にプロゲステロン濃度は、MPA 5mg投与群では2/10上昇を認め、MPA 10mg投与群では上昇症例はありませんでした。これらの結果から1日10mgのMPA投与は排卵を抑制するが、5mgではすべての女性の排卵を抑制するのに十分ではないことが分かりました。 

②MPA法を用いたPPOSが普及するきっかけとなった論文 
体外受精を予定している女性300名を対象にショート法とMPA-PPOS法を比較しました。評価項目は回収卵子数、成熟卵子数、早発LHサージ率、凍結融解胚移植の成績です。 

結果

MPA-PPOSの回収卵子数はショート法と同程度でしたが、MPA投与日数と投与量は増加する傾向にありました。早発LHサージ発生率は0.7%(1/150)でした。臨床的妊娠率、着床率、出生率は統計的に有意な差は認められませんでした。 

私見

PPOSについては他にもたくさんの報告を妊活コラムで取り上げていますので参考になさってください。 

ポイント1:MPA-PPOSの卵巣刺激後のホルモン動態 
FSH値は、hMG投与後に有意に上昇し、卵巣刺激時には安定しました。 
LH値は卵巣刺激中に徐々に低下し、トリガー日の平均LH値は基礎LH値に比べて有意に低くなりました(1.8±1.3 vs. 3.4±1.5 IU/L; P<.05)。その後10時間後のトリガー時には48.3±22.4 IU/Lと有意に上昇しました(P<.001)。 
早発LHサージ発生1例は、月経3日目に左卵巣に30mm大の機能性卵胞があり、周期3日目にエストロゲンレベルが85pg/mLでした。hMGとMPAを用いて5日間の刺激を行ったところ、超音波検査では黄体形成されていました。ただし、この症例は小卵胞が5個あったので刺激を継続し、4個の回収卵子ができ4個凍結できています。 

ポイント2:MPA-PPOSの早発サージ抑制観点からのMPA開始時期 
彼らは月経3日目からHMG投与と同様にMPAを投与しています。卵胞期中期まで複数の成長卵胞を待って血清E2値が上昇しているところからMPA投与をして排卵をしてしまった例を経験しているからと報告者らはしています(データ未掲載)。よってMPA-PPOSは月経周期3日目の基礎E2値が50~70pg/mL以下の症例に使用すべきとしています。 

ポイント3:MPA-PPOSのトリガーについて 
彼らはトリガーでGnRHa(0.1mg 皮下注射)を用いています。理想的なLHサージレベル(LH<20IU/L)ではなかった3名(53症例中)のうち、2名は成熟卵子数が低かったため、残りの97名にはGnRHaと低用量hCG(1,000IU)によるコトリガーに変更しています。コトリガーにするとトリガー後LH分泌不全の12名の分泌良好であった85名と同様の成績でした。この結果をみると150名中15名(10%)はLH分泌不全となるリスクがあるため、迷ったらhCG1000単位でも加えるコトリガーが好ましいのかもしれません。 

ポイント4:MPAの催奇形性について 
MPAは動物実験では仔の催奇形性を認めていますが、PPOSでは全胚凍結となるため、胚移植までのtherapeutic windowが4週間以上あり、女性の身体からMPAはwash outされていると考えられますので、妊娠胚への影響はないと考えていいでしょう。こちらの予後調査は別ブログでご紹介いたします。 

文責:川井清考(WFC group CEO)

お子さんを望んで妊活をされているご夫婦のためのコラムです。妊娠・タイミング法・人工授精・体外受精・顕微授精などに関して、当院の成績と論文を参考に掲載しています。内容が難しい部分もありますが、どうぞご容赦ください。当コラム内のテキスト、画像、グラフなどの無断転載・無断使用はご遠慮ください。

# OHSS

# PP(PPOS)

# 卵巣刺激

WFC group CEO

川井 清考

WFCグループCEO・亀田IVFクリニック幕張院長。生殖医療専門医・不育症認定医。2019年より妊活コラムを通じ、最新の知見とエビデンスに基づく情報を多角的に発信している。

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