はじめに
着床にとって重要なのはプロゲステロンの子宮内膜組織濃度であり、血中濃度ではありません。子宮初回通過効果(First uterine pass effect)といって、腟粘膜から子宮静脈に取り込まれたプロゲステロンは対向流交換により子宮動脈に移行し、全身循環を経由せずに子宮内膜に到達したり、リンパ管からの直接移行したり、単純拡散(経子宮頸管、経子宮筋層等)したりするため、着床前の子宮内膜組織の環境を整える作用は、経腟投与時が最も安定した作用を示すことが報告されています。しかし、近年、胚移植日の血清ホルモンレベルが低いと妊娠率が低下するとする報告が散見されます。では、高すぎた場合はどうなのか?プロゲステロン腟剤での報告は見つけられなかったので、プロゲステロン筋注でホルモン濃度が高すぎた場合の胚移植成績の報告をご紹介いたします。
ポイント
胚移植日のプロゲステロン値が高すぎても胚移植成績が低下する可能性が示唆されていますが、現在のところ、プロゲステロン注射での報告がメインです。プロゲステロン腟剤でプロゲステロンが非常に高くなった場合の妊娠予後はわかっていません。
引用文献
Ashraf Alyasin, et al. Reprod Biol Endocrinol. 2021 Feb 18;19(1):24. doi: 10.1186/s12958-021-00703-6.
論文内容
2019年2月から2020年2月にかけて、テヘランの生殖医療施設にてホルモン調整周期凍結融解胚移植を実施した前向きコホート研究です。良質の胚盤胞期胚を用いた初回・2回目周期を対象としました。胚移植はプロゲステロン投与後5日目に予定し、移植日はプロゲステロン投与から4-6時間後に、血清プロゲステロン(P4、ng/ml)とエストラジオール(E2、pg/ml)値を測定しました。
黄体補充方法はプロゲステロン腟剤400mgを初日に1回、2-4日目2回/日投与とし、4日目プロゲステロン25mg筋注、5日目以降はプロゲステロン50mg筋注としています。
結果
258名がリクルートされ、出生率は34.1%(88/258)でした。血清P4とE2値は4つの四分位に分けました。女性年齢とBMI平均は、4つの四分位群間で同様でした。P4とE2両群とも最高四分位群(Q4)で他の群に比べて出生率は有意に低くなりました(P = 0.002、P = 0.042)。多変量ロジスティック回帰分析の結果、胚移植日の血清P4値は、出生率の唯一の予測変数でした。ROCは、AUC=0.61(95% CI: 0.54-0.68, P = 0.002)を示しました。出生率に対して感度70%、特異度50%の最適な血清P4値は32.5ng/mlでした。
私見
過去にもプロゲステロン50mg筋注の場合、胚移植当日の血清プロゲステロン値>20ng/mlは継続妊娠率および出生率の低下を示した報告(Kofinas JD, et al. J Assist Reprod Genet. 2015)、微粉化プロゲステロン400mgを含む腟ペッサリーの場合、胚移植当日の血清プロゲステロン値>31.1ng/mlは着床率の低下を示した報告(Yovich JL, et al. Reprod Biomed Online. 2015)がありますが、プロゲステロン腟剤での報告は現在のところ見つけられませんでした。
子宮内膜のプロゲステロン濃度が高くなると、着床の窓がずれるのか、壊れるのか、この辺りは個人的には興味があるテーマです。
文責:川井清考(WFC group CEO)
お子さんを望んで妊活をされているご夫婦のためのコラムです。妊娠・タイミング法・人工授精・体外受精・顕微授精などに関して、当院の成績と論文を参考に掲載しています。内容が難しい部分もありますが、どうぞご容赦ください。当コラム内のテキスト、画像、グラフなどの無断転載・無断使用はご遠慮ください。