一般不妊

2022.02.14

シリンジ法の有用性について(Reprod Med Biol. 2021)

はじめに

外来をしていて、性機能障害のカップルは思った以上に多い印象をもっています。タイミング指導をしても、患者様が少し言いづらそうにしている雰囲気を察したら、こちらからも夫婦生活を持てているかをなんとなく聞くようにしています。
性機能不全は、男性側の勃起障害、射精障害だけでなく、女性側の無オルガスムス、腟痙攣、性交疼痛、夫婦共にある性欲減退など、原因は多種多様あります。
また、お子様がいると中々夫婦生活を持つことができないというカップルも少なくありません。性機能障害の患者様には、人工授精・体外受精の治療が選択肢になりますが、それ以外にも、自宅で排卵期にマスターベーションを行い採精した精子をキットにいれて、女性の腟内に注入するシリンジ法(IVI: intravaginal insemination)が有用とされています。では有効性はどうなんでしょうか。国内での最近の報告をご紹介いたします。

ポイント

性機能障害のカップルに対するシリンジ法は、若い男性パートナー、短い不妊期間、正常な精液所見を有する場合に有効であり、3~6回以内の試行で約40%の累積妊娠率が期待できる簡便で非侵襲的な治療法である。

引用文献

Hiroshi Kaseki, et al. Reprod Med Biol. 2021. DOI: 10.1002/rmb2.12376

論文内容

性機能障害208組のカップルのうち、144組のカップルがシリンジ法を選択し、治療成績を検討しました。144組のうち、58組が妊娠成立しました(平均女性年齢が33歳台です。累積妊娠率40.3%)。妊娠例よりも非妊娠例の方が夫の年齢は有意に高く(P = 0.0104)、不妊期間は長く(P = 0.0027)なりました。また、非妊娠症例は精液所見の異常割合が高くなりました(P = 0.0048)。IVI治療を受けた57組の成功例では、38例(66.7%)が治療後3回以内に妊娠し、48例(84.2%)が6回以内に妊娠しました。

結果

報告者らは性機能障害のあるカップルに対して、(a)若い男性パートナー(36歳以下)、(b)3年以内の不妊期間、(c)正常な精液所見、(d)3回のIVI(最大6回)が有効としています。IVIは、性機能障害を持つカップルにとって、簡単で、非侵襲的で、安価な方法であると思われるので、ARTを適用する前に検討する価値がありそうです。

私見

シリンジ法は性機能障害患者に対してはタイミング治療(≠人工授精)の代替になりそうですね。
Kathiresanらは、夫が脊髄損傷の45組のカップルにシリンジ法を実施し、そのうち17組が20回の妊娠成立を報告しています(累積妊娠率:37.8%)。Sønksenらは、夫がSCIであった140組の夫婦のうち60組が82回の妊娠成立を報告しています(累積妊娠率42.9%)。その他の報告も含めて、性機能障害のカップルへのシリンジ法の有効性は累積妊娠率が25~70%程度とされています。
不妊期間が短く、精液所見に大きな異常がない通常であればタイミング妊娠が可能と思われるケースのうち、夫婦生活がもてないカップルが良い適応であり、シリンジ法をある一定回数行っても妊娠しなければ人工授精、体外受精へのステップアップが好ましいのではないかと思います。

文責:川井清考(WFC group CEO)

お子さんを望んで妊活をされているご夫婦のためのコラムです。妊娠・タイミング法・人工授精・体外受精・顕微授精などに関して、当院の成績と論文を参考に掲載しています。内容が難しい部分もありますが、どうぞご容赦ください。当コラム内のテキスト、画像、グラフなどの無断転載・無断使用はご遠慮ください。

# 人工授精

# タイミング指導

# 性機能障害

WFC group CEO

川井 清考

WFCグループCEO・亀田IVFクリニック幕張院長。生殖医療専門医・不育症認定医。2019年より妊活コラムを通じ、最新の知見とエビデンスに基づく情報を多角的に発信している。

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