はじめに
「PCOS患者の体外受精での受精胚の染色体異常は増えるかどうか?」について、皆が疑問に思うところなので、たくさん論文がヒットするかと思っていましたが、実はほとんどありませんでした。PCOS患者の流産率が高いのは受精胚の染色体異常が高いからかどうかを調べる論文は、大きく分けて二種類の方法で行われています。
一つは流産検体の流産絨毛の染色体検査をして異数性の割合を見る方法です。
流産した流産絨毛検体を調べ、PCOS患者の流産検体の染色体異常率が低ければ染色体異常以外の流産素因がある、異常率が高ければ受精胚の異常を引き起こしているという議論になります。先に記載させていただきますが、まだまだ論文が数多くありませんし議論も分かれています。ただし、現在のところ、PCOS患者は受精胚の染色体異常をそこまで増加させないのではないかというのが論調の方向です。現在までの流れを含めてご紹介させていただきます。
ポイント
PCOS患者の流産検体における染色体異数性率は、非PCOS患者と比較して低い傾向にあることが複数の研究で示されている。これはPCOS患者において正倍数性胚でも流産率が高い可能性を示唆しており、染色体異常以外の流産素因の存在が考えられる。
論文内容
①肥満のあるPCOS患者は受精胚の染色体正常でも流産率が上昇
Landres IV, et al. Hum Reprod. 2010.DOI: 10.1093/humrep/deq025
1999年から2008年に流産手術を実施した40歳未満の女性(n=204名)の患者背景、BMI、PCOSと流産絨毛の核型分析について検討したケースコントロール研究です。
結果
平均年齢34.5歳の女性の流産絨毛の異数性の割合は全体で59%でした。BMIが25kg/m²以上の女性は、BMIが低い女性に比べて、異数性の流産率が低くなりました(P=0.04)。PCOS診断の有無では有意差はつきませんでした。
②PCOS患者は受精胚の染色体正常でも流産率が上昇
Qiong Wang, et al. Reprod Biomed Online. 2016.DOI: 10.1016/j.rbmo.2016.04.006
体外受精妊娠し流産に至った女性100名(PCOS女性32名、非PCOS女性68名)に実施した前向きコホート研究です。女性年齢、BMI、妊娠歴、妊娠年齢、ゴナドトロピン総投与量は、PCOS群と非PCOS群で有意な差はありませんでした。
結果
PCOS群では流産絨毛の28.1%が異数性を示し、非PCOS群(72.1%)に比べて有意に低くなりました(P=0.001)。女性年齢を補正してもPCOS群は流産絨毛検査で染色体異数性率が低くなりました。
③PCOS患者は卵管不妊患者に比べて受精胚の染色体正常でも流産率が上昇
Li X-L, et al. Reprod Dev Med. 2018. DOI: 10.4103/2096-2924.242758
体外受精を受けた2,231名のPCOS患者と卵管因子で体外受精を実施した2,231名の患者の成績を比較したレトロスペクティブコホート研究です。流産率と流産絨毛の染色体異常率を両群間で比較しました。また、PCOS患者における流産のリスク因子について、単変量解析および多変量解析を用いて検討しました。
結果
PCOS患者の流産率は24.15%で、卵管不妊群よりも有意に高くなりました(12.75%、P<0.001)。流産絨毛の染色体異常率は、PCOS群(36.05%、31/86)が卵管不妊群(55.56%、50/90、P=0.009)より低くなりました。ロジスティック回帰分析の結果、PCOS患者では、女性年齢、BMI、HOMA-IRが流産のリスク因子であることが確認されました。女性平均年齢は30-31歳前後でした。
④PCOS患者は原因不明不妊患者に比べると流産検体での染色体異常が高い
Ying Li, et al. Fertil Steril. 2019.DOI: 10.1016/j.fertnstert.2019.01.026
2013年から2016年までに、体外受精妊娠後に流産した女性で流産絨毛染色体検査(SNPsアレイ解析)を実施した328名(PCOS女性119例、非PCOS女性209例)を対象としたレトロスペクティブコホート研究です。
流産絨毛染色体検査の中で52.7%(173/328)が染色体異常と判定されました。PCOS患者の流産絨毛検査は原因不明不妊群の患者に比べて染色体異常率が高い傾向にありました(単変量 1.957:95%CI、1.067-3.590、多変量 2.008:95%CI、1.038-3.883)。女性平均年齢は29歳前後でした。
私見
「流産絨毛検査の染色体異常が低い」は、「PCOSは染色体正常の胚での流産しやすい」、「PCOS患者は受精胚の質は問題ないけれど流産する」とは完全に同義ではありません。ただし、PCOSで悩まれている患者が多数いらっしゃいますので多角的な視野から検証し続けることが大事だと考えています。
文責:川井清考(WFC group CEO)
お子さんを望んで妊活をされているご夫婦のためのコラムです。妊娠・タイミング法・人工授精・体外受精・顕微授精などに関して、当院の成績と論文を参考に掲載しています。内容が難しい部分もありますが、どうぞご容赦ください。当コラム内のテキスト、画像、グラフなどの無断転載・無断使用はご遠慮ください。