一般不妊

2021.06.11

人工授精(男性因子)を断念するタイミングを考える その③

はじめに

「人工授精(男性因子)を断念するタイミング」は、結局、患者様が人工授精で妊娠できると思えるかどうかによるのですが、エビデンスベースで答えるとすると最後は出生率を用いた費用対効果の議論になっています。
そう考えると、やはり通常の精液検査である程度予測を行い、患者様に情報提供するのが妥当だと思います。
当院の男性因子がある場合の治療推奨基準を示します。

  • 男性所見が反復して異常がある場合は男性不妊外来を勧めます。
  • 人工授精は調整前運動精子数が200万を切っている症例では妊娠・出産例がいないため、体外受精へのステップアップを勧めています。
  • 200-1,000万は人工授精の回数を6回ではなく3回程度で体外受精へのステップアップを勧めています。

こちらの基準はクリニックによって少しずつ異なるはずですので、各自受診しているクリニックの基準に従うのがよいと考えています。

ポイント

調整前運動精子数は人工授精の成績予測に有用です。当院では200万未満は体外受精を、200-1,000万は3回程度で体外受精へのステップアップを推奨しています。費用対効果の観点からも、調整前運動精子数300万がカットオフ値となります。

論文内容

調整前運動精子数やWHO基準から人工授精の出生率・費用対効果をみた論文 

①Van Voorhis BJ, et al. Fertil Steril 2001DOI: 10.1016/s0015-0282(00)01783-0 

3,479回の人工授精を受けた1,329組の不妊症カップル(平均年齢32歳、妊娠経験なしの症例が58%)を対象にした後方視的な研究。 
多重ロジスティック回帰分析により、女性年齢、過去妊娠歴、不妊期間、不妊原因、排卵誘発剤の使用、精子パラメータなどの予後因子が、人工授精および体外受精の1サイクル目の臨床的妊娠および出生率を予測する際の有意性を評価しました。 
女性年齢、過去妊娠歴、排卵誘発剤の使用は、人工授精の妊娠を予測する独立した要因でした。また、調整前運動精子数も重要な因子であり、そのカットオフ値は1,000万個でした。 

②Lobke M Moolenaar, et al. Reprod Biomed Online. 2015. DOI: 10.1016/j.rbmo.2015.02.006 

調整前総運動精子数に基づいて、男性不妊症に対する治療法の費用対効果を評価しました。30歳の不妊女性のコホートの調整前総運動精子数0〜1,000万個の男性不妊症例を対象に、卵巣刺激を行わない人工授精、卵巣刺激を行う人工授精、体外受精、顕微授精の期待出産数、費用対効果をコンピュータでシミュレーションしました。 
各治療法の出生1名当たりのコストのみを考慮した場合、調整前総運動精子数が300万以上であれば、人工授精は体外受精よりも費用対効果がよく、300万未満であれば、ICSIの方が費用対効果がよいという結果になりました。 

補足
各費用は体外受精3,271€(43.7万円)、ICSI 3,541€(47.3万円)、自然周期の人工授精416€(5.5万円)、卵巣刺激を用いた人工授精416€(7.9万円)で推定しています。 

調整前 運動精子数 予測 周期別出産率 
100-200万 1.48% 
200-300万 2.96% 
300-400万 4.27% 
400-500万 5.58% 
500-600万 6.68% 
600-700万 8.19% 
700-800万 9.5% 
800-900万 9.73% 
900-1,000万 9.97% 
1,000万以上 10.2% 
(Campanaら. 1996、Cohlenら. 1998、Dickeyら. 1999、VanVoorhisら. 2001、Zhaoら. 2004などを参考に算定しています。) 

③J A M Hamilton, et al. Hum Reprod. 2015.DOI: 10.1093/humrep/dev058

調整前-総運動精子数と、WHO2010の精液所見評価は妊娠率を予測するかどうかを検討しました。 
2002年1月から2006年12月にオランダの3病院で行われた縦断的コホート研究です。全コホート2,476組の不妊カップルのうち、男性不妊単独もしくは原因不明不妊であるカップル1,177組のみを対象とし、追跡期間は3年としました。 
主要評価項目は継続妊娠率で、人工授精、体外受精、ICSIの治療介入の効果を評価しました。交絡因子(女性と男性の年齢、不妊期間と不妊症の種類、性交後検査の結果)を調整した後、調整前-総運動精子数と、WHO2010の精液所見評価の各グループの継続妊娠率のオッズ比を算出しました。 
514組のカップルが妊娠成立し、663組のカップルが妊娠しませんでした。WHO基準による乏精子症(精液量1.5ml未満)、精子無力症(運動率40%未満)、奇形精子症(正常精子4%未満)は原因不明不妊群より妊娠率は低くなりました(OR:0.136〜0.397)。調整前-総運動精子数異常群も同様に原因不明不妊群より妊娠率は低くなりました(OR:0.171〜0.461)。調整前-総運動精子数が100万未満、100-500万のカップルは500-1,000万のカップルと比較して妊娠率が有意に低くなりました。(100万未満はOR:0.371(95%CI:0.215〜0.64)、100-500万はOR:0.505(95%CI:0.307〜0.832)) 
結果から、調整前-総運動精子数が、WHO2010の精液所見評価よりも良好な妊娠予測を示しました。 

補足
WHO2010の精液所見評価の異常は乏精子症(精液量1.5ml未満)、精子無力症(運動率40%未満)、奇形精子症(正常精子4%未満)の組み合わせで診断されます。この分類は、不妊ではない1,953名の男性集団における5%タイルのカットオフ値に基づいています。 

私見

①の論文は、「調整前運動精子数」が1,000万を切ると人工授精の成績が下がるという結果です。私たちの結果も同様と考えています。
②の論文は、「調整前運動精子数」が0-1,000万でみると300万をカットオフとして体外受精・ICSIがよいという結果です。ヨーロッパはアメリカより人工授精の値段は安いのですが、それでも日本よりはやや割高です。この結果にも完全に同意します。
実は費用対効果の論文は2000年にLancetという有名雑誌にも掲載されていて、人工授精は体外受精前に一度は行ったほうが費用対効果がよいという内容なのですが、少し時代が異なりすぎているので、現在の治療成績の参考にするならこちらの論文の結果だと考えています。
③の論文は、WHO2010の精液量・濃度・奇形率での異常割合より「調整前運動精子数」の方が継続妊娠率を予測する、という結果となっています。こちらの結果も完全に同じように考えています。この論文では「調整前運動精子数」2,000万以下を異常症例とみていますが、1,000万以下で成績が低下することを示していて、①の結果と一致します。WHO2010の評価方法は、私たちのクリニック14,000例の精液検査結果では、乏精子症・精子無力症の診断をつけられる症例が67%、「調整前運動精子数」2,000万以下が33%となっていて、WHO基準に対して少し異常値だったからといってステップアップを勧めるのは少し過剰かなと感じています。

文責:川井清考(WFC group CEO)

お子さんを望んで妊活をされているご夫婦のためのコラムです。妊娠・タイミング法・人工授精・体外受精・顕微授精などに関して、当院の成績と論文を参考に掲載しています。内容が難しい部分もありますが、どうぞご容赦ください。当コラム内のテキスト、画像、グラフなどの無断転載・無断使用はご遠慮ください。

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WFC group CEO

川井 清考

WFCグループCEO・亀田IVFクリニック幕張院長。生殖医療専門医・不育症認定医。2019年より妊活コラムを通じ、最新の知見とエビデンスに基づく情報を多角的に発信している。

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