
はじめに
甲状腺疾患は特に女性において最も有病率の高い疾患の一つであり、不妊症、不育症、排卵障害などと関連しています。潜在性甲状腺機能低下症は通常無症状でありながら、一般集団よりも妊孕性転帰悪化リスクが高いとされています。TSHカットオフについてのコンセンサスの欠如により、潜在性甲状腺機能低下症の診断や治療介入に施設間差が生じ、不妊治療を求める患者の定期検査に関する推奨事項にもばらつきが生じています。こちらの動向を記載した総説をご紹介いたします。
ポイント
妊活における甲状腺機能検査に関する各学会ガイドラインには大きな相違があり、TSH基準値の統一と検査項目の標準化が急務です。
引用文献
Sade Dunbar, et al. Hum Reprod. 2025 Jul 1;40(7):1243-1248. doi: 10.1093/humrep/deaf077.
論文内容
女性において、甲状腺機能低下症と甲状腺機能亢進症の有病率は男性の10倍高くなっています。甲状腺ホルモンは不妊症、不育症、排卵障害に関連し妊孕能に影響を及ぼします。
結果
不妊症に罹患した女性における甲状腺機能異常の有病率は、潜在性甲状腺機能低下症が5-7%、顕性甲状腺機能低下症が2-4.5%、甲状腺機能亢進症が0.5-1%、甲状腺自己免疫が5-10%と推定されています。
TSHカットオフ上限については2005年にWartosky and DickneyがTSH上限を2.5 mIU/lに下げることを提案した一方、Surks et al.は4.5 mIU/lを維持すべきと反対しました。現在、各学会のTSH基準値は、BTA(英国:2006年)が>4.5 mIU/l、ATA(米国:2017年)・ETA(欧州:2021年)・RCOG(英国:2022年)・ESHRE(欧州:2023年)が>4.0 mIU/l、ASRM(米国:2015年・2024年)が>4.5-5.0 mIU/lまたは>4.12 mIU/lと様々です。TSH上限値を4.5 mIU/lとした場合の潜在性甲状腺機能低下症有病率は2.4%でしたが、2.5 mIU/lに下げると16-20%に増加することが示されています。
甲状腺抗体検査については、生殖年齢女性におけるTPOAb陽性率は8-14%であり、年間4%の割合で顕性甲状腺疾患に進行します。各学会の推奨は、BTAがTSH >4.5 mIU/lでのみ抗体検査、ATA・ASRMがTSH >2.5 mIU/lでTPOAb検査、ETAがTSHとTPOAb両方の検査を推奨するなど大きく異なります。
fT4検査についても、RCOGがTSHと遊離T4の検査を推奨する一方、ASRMは症状がある場合のみの検査を推奨しています。
私見
甲状腺機能検査に関する各学会間の見解の相違は、国内での同様の混乱を起こしています。特にTSH基準値の設定は診断率に大きな影響を与え、2.5 mIU/lと4.5 mIU/lの違いで有病率が8倍も変わることは重要な問題です。TPO抗体については、卵巣組織にもTPOが存在し受精率や胚品質に影響することが判明しており、単なるスクリーニング以上の意義があります。
国内でも、2.5 mIU/l、4mIU/l前後 どちらを優先するかは施設間に委ねられています。個人的には患者の病態別やリスク因子(1型糖尿病、甲状腺疾患の家族歴、甲状腺腫、甲状腺機能低下症の症状など)で介入基準が変わっても良いのではないかと思っていますが、今後のガイドラインのアップデートを待ちたいと思っています。
文責:川井清考(WFC group CEO)
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