体外受精

2022.03.09

PICSIは流産率を低下させる(Lancet. 2019)

はじめに

ヒアルロン酸(ヒアルロナン)は生物学的に活性な分子で、卵子-卵丘複合体を取り巻く細胞外マトリックスの主要成分です。3つの無作為化試験を含むいくつかの小規模臨床研究では、ヒアルロナンで選別した精子を用いたICSI(PICSI)は、一般的なICSIに比べて胚品質と着床率が向上し、流産率が減少したと報告されています。2019年にLancetに報告された無作為化試験をご紹介いたします。

ポイント

多施設共同無作為化試験において、PICSIは標準的なICSIと比較して出生率に差はありませんでしたが、流産率を有意に低下させることが示されました(4.3% vs 7.0%、p=0.003)。

引用文献

David Miller, et al. Lancet. 2019. DOI: 10.1016/S0140-6736(18)32989-1

論文内容

イギリスの16の不妊施設で体外受精治療(ICSIを実施し新鮮胚移植)を行ったカップルを対象とした2群間無作為化試験です。対象は2014年2月1日から2016年8月31日の間に18-43歳の女性、BMI 19-35、FSH 3.0-20.0mIU/mL、FSH測定ができない場合は、AMH濃度1.5pmol/L以上としました。リクルート24ヶ月前に精索静脈瘤手術を実施しておらず、がんの治療を受けておらず、禁欲期間3日間以上の射精にてICSIを実施した18-55歳の男性としました。PICSI(n=1387:33.6歳 BMI 24.7)または一般的なICSI(n=1385:33.7歳 BMI 24.4)のいずれかを受けるよう無作為に割り付けられました(1:1)。評価項目は妊娠37週以上の出生率、継続妊娠率、流産率、早産率としました。

結果

PICSI群(27.4%[379/1381])と一般的なICSI群(25.2%[346/1371])で出生率に有意差はありませんでした(オッズ比1.12、95%CI 0.95-1.34; p=0.18)。先天性異常はPICSI群31名、一般的なICSI群25名の56名で、治療に関係するものではありませんでした。

私見

この多施設共同臨床試験において、PICSIは一般的なICSIと比較して、着床率・臨床妊娠・早産・出生率のいずれにおいても差は認めませんでしたが、PICSIは流産を低下させることが確認できました。
この症例は精液所見が悪くない患者様に実施しておりますので、ここが一つのピットフォールだと考えています。  

  PICSI 標準的なICSI 
精液量(mL) 2.9 (1.4; n=1338)  3.0 (1.5; n=1332)  
濃度 (×1000万/ mL) 14.7 (4.0–35.0; n=1236)  16.0 (5.0–36.4; n=1223)  
前進運動率(%) 39.5 (20.1; n=1216)  40.8 (20.3; n=1198)  
ヒアルロニナン結合スコア 
<25% 86/963 (9%)  74/947 (8%)  
26-65% 188/963 (20%)  181/947 (19%)  
>65% 689/963 (72%)  692/947 (73%)  
  PICSI 標準的なICSI 差(95% CI) オッズ比(95% CI) p値 
生児出産率 27.4% (379/1381)  25.2% (346/1371)  2.2% (–1.1 – 5.5)  1.12 (0.95 – 1.34)  0.18 
補正後生児出産率 27.5% (379/1379)  25.3% (346/1370)  2.2% (–1.1 – 5.5)  1.13 (0.95 – 1.34)  0.17 
臨床妊娠率 35.2% (487/1382)  35.7% (491/1375)  –0.5% (–4.0 – 3.1)  0.98 (0.84 – 1.15)  0.8 
流産率 4.3% (60/1381)  7.0% (96/1371)  –2.7% (–4.4 – –0.9)  0.61 (0.43 – 0.84)  0.003 
早産率 3.3% (46/1381)  3.3% (45/1371)  0.0% (–1.3 – 1.4)  1.02 (0.67 – 1.55)  0.94 
受精率 66% (24.0)  69% (24.0)  3.0% (–0.47 – 6.5)  1.15 (0.98 – 1.34)  0.09 
生化学妊娠 39.5% (546/1383)  39.5% (544/1377)  0.0% (–4.0 – 4.0)  1.00 (0.86 – 1.17)  0.99 

補正後はヒアルロナン結合スコア、女性年齢、以前の流産率、卵巣予備能を調整したものです。 

文責:川井清考(WFC group CEO)

お子さんを望んで妊活をされているご夫婦のためのコラムです。妊娠・タイミング法・人工授精・体外受精・顕微授精などに関して、当院の成績と論文を参考に掲載しています。内容が難しい部分もありますが、どうぞご容赦ください。当コラム内のテキスト、画像、グラフなどの無断転載・無断使用はご遠慮ください。

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川井 清考

WFCグループCEO・亀田IVFクリニック幕張院長。生殖医療専門医・不育症認定医。2019年より妊活コラムを通じ、最新の知見とエビデンスに基づく情報を多角的に発信している。

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