はじめに
胚移植(ET)は、体外受精(IVF)を受けた女性の妊娠率に影響を与える重要なステップです。胚の子宮腔内への安全な配置は最適な妊娠率を得るために不可欠ですが、移植後に胚が子宮腔内に留まる保証はありません。胚移植後のカテーテル内胚残留(ER)の頻度は低いものの、起こると患者と医師の両方に不安を生じさせます。今回、大規模データベースにおける胚移植時の胚残留がIVF成績に与える影響を調査した研究をご紹介いたします。
ポイント
胚残留は生殖成績(臨床妊娠率、着床率、出生率を含む)にほとんど影響を与えないため、患者と医師は移植時の胚残留について心配する必要はありません。
引用文献
Einav Kadour-Peero, et al. J Assist Reprod Genet. 2022; 39:1065-1068. doi: 10.1007/s10815-022-02450-y.
論文内容
大規模データベースにおける胚移植(ET)周期での胚残留(ER)率とその生殖転帰への影響を調査することを目的とした三次学術病院ベースの生殖医療センターでのマッチドレトロスペクティブコホート研究です。2008年1月から2018年12月まで計15,321回の胚移植周期が実施されました。各女性は同年齢(±1歳)、胚の状態、不妊の主要原因、新鮮または凍結融解胚移植周期に使用されたプロトコールタイプで3人の別々の対照被験者とマッチングされました。主要評価項目は胚残留率、着床率、臨床妊娠率、異所性妊娠率、出生率でした。
結果
胚残留の全体発生率は1.4%(213/15,321)でした。新鮮胚移植周期と凍結融解胚移植周期で胚残留率に差はありませんでした(P = 0.54)。胚残留群213例のうち188例(88%)を564例の非胚残留症例とマッチングしました。胚残留群では、カテーテル内に血液が見られた症例はありませんでした。胚残留周期と非胚残留周期では妊娠転帰は同様でした:臨床妊娠率(31.3% vs. 36.1%, P = 0.29)、着床率(26.2% vs. 31.3%, P = 0.2)、出生率(20.3% vs. 24%, P = 0.53)、異所性妊娠率(0.5% vs. 0.4%, P = 0.18)、流産率(10.7% vs. 11.3%, P = 0.53)。
私見
今回の知見は、胚残留を伴う症例の検討において最大規模かつ最も厳格にマッチングされた研究です。胚残留率は低く、臨床妊娠率、着床率、出生率を含む生殖転帰に影響しないことが示されました。胚残留の報告率は胚移植の1~8%と様々ですが、今回の研究での比較的低い胚残留率(1.4%)は、胚移植過程で胚を押し出した後、子宮から除去する前にカテーテルを日常的に回転させることが原因である可能性があります。これによりカテーテルへの圧が少なくなり、胚残留が減る可能性があります。
一部の過去の研究と一致して(Nabi A, et al. Hum Reprod, 1997; Lee HC, et al. Fertil Steril, 2004; Tur-Kaspa I, et al. Hum Reprod, 1998)、初回試行で全ての胚が正常に移植された場合と再移植が必要だった場合で、妊娠率は同等でした。しかし、これらの過去の研究は小さなサンプルサイズで、ほとんどが十分にマッチングされていませんでした。今回の研究では5つの基準でマッチング基準(1:3)が用いられました。
もちろん、4つの基準(1:2)でマッチングしたところ成績が低下するという報告もあります(Jian Xu, et al. Fertil Steril, 2020)。
胚移植手技は私たちがリサーチテーマとずっと探求している分野です。必ずどこかで論文化していきたいと思います。
文責:川井清考(WFC group CEO)
お子さんを望んで妊活をされているご夫婦のためのコラムです。妊娠・タイミング法・人工授精・体外受精・顕微授精などに関して、当院の成績と論文を参考に掲載しています。内容が難しい部分もありますが、どうぞご容赦ください。当コラム内のテキスト、画像、グラフなどの無断転載・無断使用はご遠慮ください。