はじめに
体外受精治療における卵巣刺激では、high responderと呼ばれる高卵巣反応性の患者において卵巣過剰刺激症候群(OHSS)のリスクが高いことが知られています。血清AMH値は卵巣反応性の優れたバイオマーカーとして広く使用されており、AMH 35pmol/L以上の患者はpotential high responderとして分類されています。従来の一律投与法と比較して、AMHと体重を考慮した個別化FSH投与アルゴリズムの有効性と安全性を検討した後方視的解析をご紹介いたします。
ポイント
AMH 35pmol/L以上のpotential high responderに対するフォリトロピンデルタの個別化投与は、卵巣反応を正常化し、妊娠率を維持しながらOHSSのリスクを有意に低下させることが示されました。
引用文献
Hana Višnová, et al. Reprod Biomed Online. 2021 Dec;43(6):1019-1026. doi: 10.1016/j.rbmo.2021.08.024.
論文内容
AMH 35pmol/L以上のpotential high responderに対する個別化フォリトロピンデルタ投与と従来のフォリトロピンアルファ投与の有効性と安全性を比較することを目的とした後方視的解析です。AMH 35pmol/L以上の153名の患者(フォリトロピンデルタ個別化投与群78名、フォリトロピンアルファ150単位群75名)を対象とし、GnRHアンタゴニスト法による卵巣刺激を実施しました。フォリトロピンデルタ群では患者のAMH値と体重に基づいて6-12μgの固定用量を決定し、フォリトロピンアルファ群では150単位から開始し75単位ずつの調整を可能としました。
結果
刺激終了時において、フォリトロピンデルタ個別化投与群とフォリトロピンアルファ150単位群では、12mm以上の卵胞数がそれぞれ12.1±7.0個 vs. 18.3±7.0個(P<0.001)、血清プロゲステロン値3.18nmol/l以上の患者割合が27.3% vs. 62.7%(P<0.001)でした。全回収卵子数はそれぞれ9.3±6.7個 vs. 17.9±8.7個(P<0.001)、新鮮胚盤胞移植後の開始周期あたりの継続妊娠率は28.2% vs. 24.0%でした。OHSSのリスクは全症例でフォリトロピンアルファ群がフォリトロピンデルタ群より3倍高く、16.0% vs. 5.1%(P=0.025)でした。早期中等度または重度OHSS、早期OHSS予防的介入、またはその両方の発生率は26.7% vs. 7.7%(P=0.001)でした。
私見
この研究は、high responderに対する個別化FSH投与の重要性を明確に示しています。フォリトロピンアルファ群では22.7%で増量、12.0%で減量が行われた一方、フォリトロピンデルタ群では医師から42.3%で増量、7.7%で減量の要求がありましたが、実際には投与量の変更は行われませんでした。興味深いことに、OHSS予防のための中止症例はいずれの群にも認められませんでしたが、発育卵胞3個未満での中止がフォリトロピンデルタ群で8例、OHSS予防介入のためのトリガー変更がフォリトロピンアルファ群で19例認められました。
rFSH投与量の平均差34.5μgは治療周期あたり約500単位に相当し、10日間の刺激期間を考慮すると1日あたり約50単位の差となります。これは、このアルゴリズムがhigh responderに対してゴナールエフ100単位/日での卵巣刺激に相当する効果をもたらすことを示唆しています。
先行研究では、AMHを基準とした個別化投与により、OHSS発症率の低下と治療成績の改善が報告されています(Nyboe Andersen, et al. Fertil Steril, 2017)。また、AMH四分位解析では、最高AMH群において個別化投与の恩恵が最も大きいことが示されています(Fernández-Sánchez, et al. Reprod Biomed Online, 2019)。体重を考慮した投与アルゴリズムの重要性についても、分布容積とFSH血中濃度の関係から理論的根拠が示されています(Ledger, et al. Reprod Biomed Online, 2011)。
AMH 35pmol/Lをng/mLに換算すると、35 pmol/L ÷ 7.14 = 約4.9 ng/mLとなります。
文責:川井清考(WFC group CEO)
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