
はじめに
慢性子宮内膜炎(CE)は、持続的な子宮内膜の局所炎症性疾患です。不明原因不妊、着床不全、妊娠損失と関連があるとされており、経験的な抗生物質治療がこれらの妊娠予後を改善するとする報告があります。しかし、CD138陽性子宮内膜間質形質細胞が1-4個/HPFの軽度慢性子宮内膜炎において抗生物質治療が有効かは論議が分かれています。今回、軽度慢性子宮内膜炎患者における抗生物質治療の効果を傾向スコアマッチング(PSM)を用いて検討した研究をご紹介いたします。
ポイント
軽度慢性子宮内膜炎患者において、抗生物質治療は妊娠成績を改善せず、むしろ臨床妊娠率の低下や前期破水の増加傾向が示唆されました。
引用文献
Xu Y, et al. Fertil Steril. 2025;124(4):711-719. doi: 10.1016/j.fertnstert.2025.05.172
論文内容
軽度慢性子宮内膜炎(1-4個/HPF)と診断された不妊患者において、抗生物質治療が凍結融解胚移植妊娠成績を改善するかを検討することを目的とした傾向スコアマッチングコホート研究です。着床不全既往、反復流産既往、異常子宮出血、または経腟超音波で疑われる子宮内膜病変(ポリープ、子宮癒着)を適応として子宮鏡検査と子宮内膜生検を受けた女性を対象としました。軽度CEの患者は、単一胚盤胞凍結融解胚移植前に14日間の抗生物質治療(ドキシサイクリン100mg 1日2回またはレボフロキサシン乳酸塩500mg 1日1回+メトロニダゾール200mg 1日3回)を受けるか、無治療としました。
結果
681名の患者が軽度CEと診断され、そのうち303名が抗生物質治療を受け、378名が無治療でした。傾向スコアマッチング後、303組の患者ペアが比較分析に用いられました。抗生物質群と無治療群の間で出生率に差は認められませんでした(47.5% vs. 51.8%、RR 0.92、95%CI 0.78-1.08、P=0.291)。
注目すべきは、統計学的に有意ではないものの、抗生物質群で臨床妊娠率の低下傾向(54.5% vs. 61.4%、RR 0.89、95%CI 0.77-1.02、P=0.084)と前期破水の増加傾向(13.2% vs. 7.0%、RR 1.88、95%CI 0.93-3.82、P=0.073)が観察されたことです。これらの境界域有意差は、広域抗生物質治療が妊娠成績に潜在的に負の影響を与える可能性を示唆しています。CD138カテゴリーの範囲(1個/HPFから4個/HPFまで)を通じて、感染の重症度は予後に影響しませんでした。
私見
慢性子宮内膜炎の診断基準と治療効果については、これまで多くの議論があります。先行研究における見解は以下のように分かれています:
- 肯定派:Cicinelli E, et al. (2015)、Song D, et al. (2021)
- 否定派:Li Y, et al. (2021)、McQueen DB, et al. (2021)
今回の研究で気になるポイントとして、統計学的に有意ではないものの境界域有意差(P=0.084、P=0.073)を示した点です。著者らは広域抗生物質治療が妊娠成績に負の影響を与える可能性があると明記し、その機序として1)腸内・膣内細菌叢の破綻によるカンジダ感染リスク、2)続く凍結融解胚移植における胚着床への直接的悪影響、3)流産リスクの増加を挙げています。
軽度慢性子宮内膜炎は病的状態を反映していない可能性が高く、CD138陽性細胞数と予後に関連性がなかったことからも、現在の診断基準における経験的な抗生剤治療について疑問が生じます。
黒田らが提唱するように器質的構造物がある慢性子宮内膜炎は切除を行えば抗生剤投与は不要だと考えられますし、抗生剤治療をするならマイクロバイオーム検査を用いて細菌叢を考慮した個別化抗生剤治療が今後の方向性となってくるのではないかと思っています。
文責:川井清考(WFC group CEO)
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