不育症

2021.09.16

不育症体外受精女性に抗凝固療法は効果的?(Hum Reprod. 2021)

はじめに

体外受精の胚移植・着床時期に伴う抗凝固療法の適応は懐疑的な意見が多くなっています。個別化医療の一つとして、体外受精の胚移植時の抗凝固剤の使用はよく話題にあがります。抗凝固剤の使用に否定的な論文は、凝固異常を認めない反復着床不全患者を対象に検証を行なったりしており、本当に効果があった症例が埋もれてしまった可能性があります。今回は基本に戻り、凝固異常のある不育症患者に着床初期から抗凝固療法を行うと意味があるか?を示した論文をご紹介いたします。 

ポイント

血栓症素因を持つ不育症女性では、低分子ヘパリン療法が流産リスクを軽減し出生率を大幅に改善します。血栓症素因のない女性でも低分子ヘパリン療法は一定の効果を示すが、侵襲性を考慮すると低用量アスピリン療法が妥当である可能性があります。 

引用文献

Elvira Grandone, et al. Hum Reprod. 2021.DOI: 10.1093/humrep/deab153 

論文内容

ヘパリンやアスピリンの有効性に関するRCTは、どのような患者を対象とするか、また有効性を示す症例を集めるためには多大な期間を要することから、現在まで核心をついた報告がありません。 
2012年から2019年にかけて、3か国(アメリカ・イタリア・セルビア)の12病院で実施された前向き多施設コホート研究です。対象者は3回以上の流産、2回以上の流産で1名は染色体正常であることが確認できている場合、妊娠20週以降の流産・死産を経験したことがある妊娠女性を、医療機関の判断を踏まえて対象としています。 
評価項目として、周産期結果に関連する因子を見つけること、周産期結果を踏まえて臨床介入(抗凝固療法)を評価すること、抗凝固療法の効果が期待できる患者の特徴を評価することとしました。傾向スコアマッチング法を用いて評価しています。 

結果

265名の妊娠女性のマッチドサンプルが分析され、全員が血栓症スクリーニング(抗リン脂質抗体症候群、AT III欠損、プロテインC欠乏、プロテインS欠乏、Leiden変異、PTmのホモバリアント、ダブルヘテロバリアント)を受け、血栓症素因のある119名中103名(86.6%)と血栓症素因のない146名中98名(67.1%)に低分子ヘパリン療法および/または低用量アスピリン療法が実施されました。204例(77%)で出生、61例(23%)で流産・死産となりました。 
ロジスティック回帰の結果、血栓症素因と低分子ヘパリン療法による治療との間に有意な相互作用が認められました(P = 0.03)。感度分析の結果、先天性または後天性の血栓症素因の女性が何も治療を受けていない場合の流産のオッズ比は2.9(95%CI、1.4-6.1)で、低分子ヘパリン療法(低用量アスピリン療法を含む、または含まない)の実施は出生と強く関係していました(オッズ比、10.6、95%CI、5.0-22.3)。 
さらに、血栓症素因のない女性でも、出生のオッズ比は低分子ヘパリン療法の予防投与(低用量アスピリン療法を含む、または含まない)と有意かつ独立して関連していました(OR, 3.6; 95% CI, 1.7-7.9)。 

私見

妊娠中の抗凝固療法は、3回以上の流産、2回以上の流産で1名は染色体正常であることが確認できている場合、妊娠20週以降の流産・死産を経験したことがある妊娠女性には出生に有効です。 
血栓素因を持つ女性は、通常女性に比べて流産・死産の割合が3倍高いことは、過去の報告からも示されています(Rey, et al.2003; Tormene, et al.2012; Villani, et al. 2012; Bender Atik, et al. 2018; Han, et al. 2021)。 
今回の論文は医療機関の判断に治療の有無が委ねられていたとはいえ、現在までの報告をアップデートさせた内容だと思っています。ただし、誤解を生まないように説明すると、低分子ヘパリン療法(低用量アスピリン療法を含む、または含まない)の実施は妊娠7週までであり着床後であったこと(移植日からではありません)、血栓素因がない場合の低分子ヘパリン療法の予防投与の有効性にも触れられていますが、低分子ヘパリン療法と低用量アスピリン療法の出生率には差がなさそうであること(つまり素因がない人にヘパリンは侵襲的すぎるのでは?)は、しっかり理解しないといけません。 
体外受精治療がうまくいかないと、盲目的にどんどん薬を追加する習慣があります。患者の立場に立って、できることを考えていくことも大事ですが、侵襲性が高い薬を根拠もなく使う慣習や論文の誤認からの薬剤投与は徐々に無くなっていくべきなのだと思っています。私自身、日々、自省するように心がけています。 

文責:川井清考(WFC group CEO)

お子さんを望んで妊活をされているご夫婦のためのコラムです。妊娠・タイミング法・人工授精・体外受精・顕微授精などに関して、当院の成績と論文を参考に掲載しています。内容が難しい部分もありますが、どうぞご容赦ください。当コラム内のテキスト、画像、グラフなどの無断転載・無断使用はご遠慮ください。

# アスピリン、ヘパリン

# 流産、死産

# 抗リン脂質抗体、凝固異常

# 不育症(RPL)

WFC group CEO

川井 清考

WFCグループCEO・亀田IVFクリニック幕張院長。生殖医療専門医・不育症認定医。2019年より妊活コラムを通じ、最新の知見とエビデンスに基づく情報を多角的に発信している。

この記事をシェアする

あわせて読みたい記事

カルシニューリン阻害薬による習慣流産・反復着床不全への効果(J Reprod Immunol. 2023)

2025.10.24

不育症に対する免疫グロブリン投与の有効性(J Reprod Immunol. 2025)

2025.07.02

NK細胞異常を有する反復妊娠不成立患者における免疫ブロブリン・イントラリピッド比較研究(当院関連論文)

2025.07.01

不育症の免疫療法:米国2025治療ガイドライン(Am J Reprod Immunol. 2025)

2025.06.13

不育症と頸管腟細菌叢(J Reprod Immunol. 2023)

2025.05.08

不育症の人気記事

NK細胞異常を有する反復妊娠不成立患者における免疫ブロブリン・イントラリピッド比較研究(当院関連論文)

先天性凝固素因異常がある反復流産患者にヘパリン治療は無効(Lancet. 2023)

胎児心拍が確認できてからの流産率は? 

不育症は静脈血栓塞栓症のリスク因子(Thromb Haemost. 2019)

カルシニューリン阻害薬による習慣流産・反復着床不全への効果(J Reprod Immunol. 2023)

不育症の免疫療法:米国2025治療ガイドライン(Am J Reprod Immunol. 2025)

今月の人気記事

2023年ARTデータブックまとめ(日本産科婦人科学会)

2025.09.01

2025.09.03

レトロゾール周期人工授精における排卵誘発時至適卵胞サイズ(Fertil Steril. 2025)

2025.09.03

凍結胚移植当日の血清E2値と流産率(Hum Reprod. 2025)

2025.06.09

自然周期採卵における採卵時適正卵胞サイズ(Frontiers in Endocrinology. 2022)

2025.03.25

年齢別:正倍数性胚盤胞3個以上を得るために必要な成熟凍結卵子数(Fertil Steril. 2025)

2025.10.06

2024.03.14

禁欲期間が長いと妊活にはよくないです

2024.03.14