不育症

2021.06.23

不育症・着床不全に対するイントラリピッド(Am J Reprod Immunol. 2021)

はじめに

「イントラリピッドを静脈内投与すると、着床不全の出生率が高まるのか?」と、当初は疑心暗鬼で治療導入まで数年躊躇した時期が当院でもあります。ただ、免疫性不妊・不育症患者様には一定の効果があると考えています。
当初、導入時に調べた報告をご紹介いたします。

ポイント

イントラリピッド治療は着床不全・反復流産に対する免疫療法の一つであり、NK細胞が上昇している患者様に効果がある可能性が示されています。妊娠率の上昇を示す報告が多数ありますが、適応を決める検査方法の確立と大規模試験が今後の課題です。

引用文献

Carolyn B Coulam. Am J Reprod Immunol. 2021 DOI: 10.1111/aji.13290

論文内容

イントラリピッドの成分と作用機序

イントラリピッド20%は、静脈内投与用に調製された無菌の脂肪乳剤です。 
大豆油20%、卵黄リン脂質1.2%、グリセリン2.25%、水76.5%で構成されています。大豆油の脂肪酸成分は、リノール酸44%〜62%、オレイン酸19%〜30%、パルミチン酸7%〜14%、リノレン酸4%〜11%、ステアリン酸1.4%〜5.5%です。主要な脂肪酸成分はリノール酸です。このリノール酸が免疫調整に寄与している論文が増えてきています。イントラリピッドがNK機能を抑制するメカニズムは明らかになっていませんが、脂肪酸の作用はPPAR、GPCR、CD1Rなどの受容体を介して行われることが証明されています。 

着床不全に対する免疫療法としてのイントラリピッド 

着床不全のための免疫療法は様々ありますが、その一つにイントラリピッドの静脈内投与があります。イントラリピッド治療により着床不全が改善する可能性がある患者様はNK(ナチュラルキラー)細胞が上昇している場合と考えられています。末梢血NK細胞と子宮内NK細胞は関連があるという報告、全く関連しないという報告があります。末梢NK細胞と子宮NK細胞は、表現型も機能も全く異なります。 
子宮NK細胞は、細胞傷害活性はほとんどありませんが、サイトカイン、特に血管新生を促進するサイトカインの豊富な供給源であり、栄養膜細胞の浸潤や血管新生の制御に関与している可能性があるとされています。イントラリピッドは、末梢血NK細胞と子宮内NK細胞の両方でNK細胞密度を抑制することが示されています。 
ただし、どのような患者様にどのような検査方法でイントラリピッドの適応を調べるのかが課題となっています。報告者らは子宮内膜生検によるDecidualization Score(IL15とNKの測定値を含む)で検討されていて、やはり子宮内膜でのNK細胞が必要と考えているのかもしれません。 

投与方法と副作用 

着床不全に用いるイントラリピッドの使い方は定まっていません。20%イントラリピッド溶液4〜100mlを投与される方が多くなっています。(日本でおこなわれている場合250ml程度使用することもあります。) 
投与による副作用はイントラリピッド高張液のため静脈刺激がおこり血栓性静脈炎を引き起こすことがあります。低い副作用として、呼吸困難、チアノーゼ、アレルギー反応、高脂血症、凝固性亢進、吐き気、嘔吐、頭痛、顔面紅潮、体温上昇、発汗、眠気、胸や背中の痛み、目の上の軽い圧迫感、めまいなどが少数ですが報告されています。 
しかし、不妊症患者様のように若年で頻回に投与しない場合での副作用報告はあがっていません。 

臨床成績 

妊娠率は、NK活性上昇を伴う着床不全、反復流産既往ともにイントラリピッド治療による上昇を示す論文が多数ですが、否定的な論文があるのも事実です。今後の課題は、イントラリピッド治療適応を決める検査方法の選定、そして、その検査を用いた大規模スタディが必要だと思っています。 

 対象 デザイン 対象 成績 有意差 
EI-Khayat
(2015) 
着床不全
(203症例) 
RCT 無治療 33% vs 13% 有意差あり 
0.001 
Singh
(2019) 
着床不全
(102症例) 
RCT 食塩水 28% vs 10% 有意差あり 
0.024 
AI-Zebeidi
(2020) 
着床不全
(142症例) 
RCT 無治療 18% vs 14% 有意差なし 
Ehrlich
(2018) 
着床不全
(744症例) 
観察 無治療 40% vs 35% 有意差なし 
表:イントラリピッド治療と無治療を比較した最近の論文 

私見

当院でも、兵庫医科大学さまと共同研究し一定の成果が上がっています。ブログにもとりあげておりますので参考になさってください。

NK細胞異常を有する反復妊娠不成立患者における免疫ブロブリン・イントラリピッド比較研究(当院関連論文)
https://wfc-mom.jp/blog/post_1574/

文責:川井清考(WFC group CEO)

お子さんを望んで妊活をされているご夫婦のためのコラムです。妊娠・タイミング法・人工授精・体外受精・顕微授精などに関して、当院の成績と論文を参考に掲載しています。内容が難しい部分もありますが、どうぞご容赦ください。当コラム内のテキスト、画像、グラフなどの無断転載・無断使用はご遠慮ください。

# 反復着床不全(RIF)

# 不育症(RPL)

# 免疫不妊・不育

# 総説、RCT、メタアナリシス

WFC group CEO

川井 清考

WFCグループCEO・亀田IVFクリニック幕張院長。生殖医療専門医・不育症認定医。2019年より妊活コラムを通じ、最新の知見とエビデンスに基づく情報を多角的に発信している。

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