不育症

2020.09.15

生化学的流産(化学流産)について

はじめに

生化学的流産(化学流産)とは、血清または尿中のヒト絨毛性ゴナドトロピン(β-hCG)が陽性反応を示し、着床の成立が生化学的に確認されたものの、経腟超音波検査において胎嚢が子宮内に確認される前に妊娠が中断に至る病態を指す。歴史的に、臨床的妊娠とは明確に区別されてきました。 近年、生殖補助医療の普及と高感度hCG測定技術の臨床導入により、生化学的流産の捉え方は劇的に変化しています。将来の出生率や潜在的な不育症リスクを示唆する重要な臨床マーカーであることが考えられます。

ポイント

生化学的流産は着床成立の生化学的証拠であり、単なる偶発的現象ではありません。反復する場合は母体側の着床阻害要因(不育症管理に関する提言2025では3回以上が不育症素因ありとしています)の存在を示唆し、適切な検査と治療介入により妊娠予後の改善が期待できる臨床マーカーと考えられます。

引用文献

不育症管理に関する提言2025  http://fuiku.jp/common/teigen001.pdf
ESHRE guideline: recurrent pregnancy loss: an update in 2022

Hum Reprod Open. 2023 Mar 2;2023(1):hoad002. doi: 10.1093/hropen/hoad002.

まとめ

妊娠をするとhCGはゼロから徐々に上昇してきます。血液検査や尿中検査でhCGをとらえる「生化学的妊娠段階(biochemical phase)」を通過し、その後、時間の経過と共に超音波で妊娠(胎嚢)を確認できる状態(clinical phase)に到達していきます。
「生化学的妊娠段階」は、血液検査でhCGが少しでも分泌されれば陽性であることを確認できますし、尿中では30-50mIU/ml で陽性となります。超音波で妊娠(胎嚢)を確認できる状態は、通常hCG > 2000 mIU/mlと言われています。「生化学的妊娠(化学流産)」とは月経が来ない段階で血液検査や尿検査を実施しhCG分泌を確認したけれど、その後、超音波で胎嚢が確認できない状態をいいます。

生化学的流産の診断における大事なポイントは、着床の成立を定義するhCGのカットオフ値です。通常、尿中hCG検査キットではhCG値が >30 mIU/mLで陽性となるが、血清hCG測定では hCG値が 1 mIU/mL前後から測定可能である。またARTの場合、胚移植後3週5日など極早期から妊娠判定にhCGを測定しますが、明確に生化学的流産の定義のhCGカットオフや測定妊娠週数などは定まっていません。 近年の研究では、単回のhCG値のみならず、その上昇率や絶対値の推移が予後予測に極めて重要であることが示されています。 では、不育症としての生化学的流産の位置付けはどうか。 国際ガイドラインにおける位置づけも変遷しており、2022年に更新されたESHREの「Recurrent Pregnancy Loss (RPL)」ガイドラインでは、不育症の定義について「2回以上の妊娠喪失」としているが、この「妊娠」には、超音波で確認される前の段階、すなわち生化学的流産も含めるべきであるとされています。ただ、国内のように病院に頻繁に通うことを前提としていないため、国内の超音波で確認される前の段階とは若干ニュアンスが異なりそうです。 不育症管理に関する提言2025では、「生化学的流産を3回以上反復する場合を、不育症に準じたリスク因子の検索を行うこと」が推奨しています。

疫学

自然妊娠における生化学的妊娠の正確な発生率を把握することは困難ですが、過去の文献や生殖補助医療の結果から受精から着床に至った妊娠の15~20%前後が生化学的流産として終結すると推定されています。正倍数性胚移植した場合であっても、生化学的流産は8%前後認めることがわかっていて、母体側要因、胚の染色体異数性以外の要因が考えられるとされています。

臨床的管理と治療方針

多くの疫学研究が、全く妊娠反応が出ない場合と比較して、生化学的流産であってもhCGが陽性となった場合の方が、その後の治療における累積出生率が高いことを報告しています。 不育症管理に関する提言2025に基づき、生化学的流産を3回以上繰り返した場合には、不育症としての包括的なスクリーニング検査が推奨されています。

私見

生化学的流産は、完全な着床不全と臨床的流産の接点にある重要な病態として考えられます。 管理方針の転換として、3回以上の生化学的流産は不育症・着床不全の管理枠組みの中で積極的に評価・対応すべき対象だと考えます。病因の解明として、受精胚の染色体異常が主要因であることは変わりませんが、母体因子のスクリーニング・介入も重要となります。 患者に対しては、「妊娠反応が出たこと自体が、妊娠できる力がある証拠である」という希望を科学的根拠に基づいて伝えつつ、3回以上反復する場合には最新のエビデンスに基づいた検査と治療介入を提示する、バランスの取れたアプローチが求められます。

当院不育症HPも参考にしてください。
https://wfc-mom.jp/kameda-ivf-makuhari/treatments/rpl/

文責:川井清考(WFC group CEO)

お子さんを望んで妊活をされているご夫婦のためのコラムです。妊娠・タイミング法・人工授精・体外受精・顕微授精などに関して、当院の成績と論文を参考に掲載しています。内容が難しい部分もありますが、どうぞご容赦ください。当コラム内のテキスト、画像、グラフなどの無断転載・無断使用はご遠慮ください。

# 不育症(RPL)

# hCG

# 流産、死産

# 反復着床不全(RIF)

WFC group CEO

川井 清考

WFCグループCEO・亀田IVFクリニック幕張院長。生殖医療専門医・不育症認定医。2019年より妊活コラムを通じ、最新の知見とエビデンスに基づく情報を多角的に発信している。

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