
はじめに
タバコ煙に含まれるニコチンやコチニンは胎盤を通過して胎児血流に到達することが知られており、動物実験では胎内タバコ曝露が性腺発生障害や生殖ホルモン変化と関連することが示されています。しかし、出生前の喫煙曝露と臨床的に認識される不妊症との関連を検討した研究はこれまでありませんでした。今回、デンマークの出生コホートを用いて、両親の妊娠中喫煙と子どもの成人期不妊症リスクとの関連を調査した大規模コホート研究をご紹介いたします。
ポイント
妊娠中の両親の喫煙曝露が子どもの将来の不妊症リスクを明確に増加させるというなエビデンスは得られませんでしたが、若年層において軽度のリスク上昇傾向が示唆されました。
引用文献
Stokholm MV, et al. Hum Reprod. 2026;00(00):1-11. doi: 10.1093/humrep/deag011.
論文内容
妊娠中の両親の喫煙への胎内曝露が、成人した息子および娘の不妊症と関連するかどうかを調査したコホート研究です。1984〜1987年に設立されたデンマークの出生コホート「Health Habits for Two」を用い、妊婦11,980名(適格者の87%)から出生した単胎児11,144名を対象としました。妊娠約36週時に母親が両親の喫煙状況を報告しました。子どもの不妊症はICD-10の不妊症診断またはARTの使用として定義し、全国レジストリ2つおよびパートナーの記録から特定しました。アウトカムの精度を段階的に高めるため3つのモデルを設定しました。モデル1は不妊原因を問わず最も広い定義、モデル2は妊孕性が高いと考えられる者(正常精液所見、不妊化手術、PGT目的など)を除外、モデル3はさらに原因不明不妊も除外した最も厳格な定義です。Cox回帰モデルでHR(95%CI)を推定し、比例ハザード仮定を満たすため息子は26歳、娘は27歳をカットオフとして年齢層別分析を行いました。最終対象は母親の喫煙情報を有する10,907名(息子5,585名、娘5,322名)でした。
結果
モデル3で息子369名(6.6%)、娘574名(10.8%)が不妊と分類されました。不妊症の平均年齢は息子31.1歳、娘30.2歳でした。
調整分析(モデル3)において、26歳以下の息子では1日1〜9本の母親喫煙曝露でHR 2.8(95%CI: 1.4–5.5)、1日9本超でHR 1.7(95%CI: 0.8–3.5)と不妊症リスクの上昇傾向が認められ、用量反応関係が示唆されました(HR 1.3; 95%CI: 1.0–1.8)。26歳超の息子では関連は認められませんでした。27歳以下の娘では1日1〜9本でHR 1.7(95%CI: 1.0–2.7)、1日9本超でHR 1.2(95%CI: 0.7–1.9)であり、用量反応関係が示唆されました(HR 1.1; 95%CI: 0.9–1.4)。27歳超の娘では関連は認められませんでした。
父親の喫煙については、26歳超の息子で1日10本超の曝露によりHR 1.3(95%CI: 0.9–1.8)とわずかな上昇傾向が認められましたが、26歳以下の息子やすべての年齢の娘では関連は認められませんでした。両親の喫煙の組み合わせによる明確な相乗効果は認められませんでした。
感度分析(パートナーシップモデル)では母親喫煙曝露による不妊症リスク上昇は観察されませんでした。教育レベル別サブ分析では高学歴群の一部で不妊症リスク上昇傾向が認められました。全体として、妊娠中の両親の喫煙曝露が子どもの臨床的不妊症リスクを上昇させるという強固なエビデンスは得られませんでした。
私見
年齢とともに効果推定値が減弱する現象について、著者らは加齢自体が男女ともに主要な不妊因子であり、環境因子やライフスタイル因子の蓄積が出生前喫煙の相対的影響を希釈する可能性を指摘しています。
生物学的メカニズムとして、ニコチンやコチニンの胎盤通過による胎児への直接作用、性腺発生の障害、胚性生殖細胞・体細胞の減少、精巣発生に関連する遺伝子発現の変化、卵巣発生シグナルの撹乱が動物・ヒト胎児組織研究で報告されています。
今回の報告では明確な関連はありませんでしたが、影響がないわけではないので、将来のこどものために妊娠前から喫煙に努めていただくのがよいかなと感じています。
文責:川井清考(WFC group CEO)
お子さんを望んで妊活をされているご夫婦のためのコラムです。妊娠・タイミング法・人工授精・体外受精・顕微授精などに関して、当院の成績と論文を参考に掲載しています。内容が難しい部分もありますが、どうぞご容赦ください。当コラム内のテキスト、画像、グラフなどの無断転載・無断使用はご遠慮ください。