
はじめに
体外受精は、治療負担、副作用、自己負担費用によって治療開始や継続が妨げられることが少なくありません。今回、離散選択実験(DCE)を用いて、IVFを受けている中国人女性が治療のどの属性を重視するかを定量的に評価した研究をご紹介いたします。
ポイント
不妊女性は、1周期あたりの妊娠率の高さを最重視し、次いで副作用の軽さと治療費の低さを重視していました。
引用文献
Lu L, et al. BMJ Public Health. 2026;4:e002188. doi:10.1136/bmjph-2024-002188
論文内容
生殖補助医療を受けている不妊女性の治療選好を評価することを目的とした離散選択実験(DCE)です。対面式調査によって選好を聞き取り、「1周期あたりの通院回数」「副作用」「1周期あたりの治療費」「IVFに関する情報提供の頻度」「1周期あたりの妊娠率」の5属性を検討しました。各属性はすべて「1周期あたり」で統一して提示されています。選好の重みは混合ロジットモデル(mixed logit model)で推定し、支払意思額(WTP)と各属性の相対的重要度(RI)を算出しました。あわせてシナリオ分析と異質性分析を行いました。調査は中国東部・中部・西部の生殖補助医療実施認可を受けた5病院で2023年2〜3月に実施し、20歳以上で不妊と診断され生殖補助医療を受けている女性を対象としました。費用属性は連続変数として線形トレンド検定で、その他の属性は効果コーディングで扱い、Stata V.15.1を用いて2000ドローの混合ロジットモデルを主モデルとしました。
結果
質問票を完了した650名のうち、整合性テスト不合格45名、位置バイアス14名を除外し、591名を最終解析対象としました。平均年齢は34.2歳(SD 4.6)でした。5属性すべてが選好に有意に影響しました。オプトアウト(提示されたプランを選ばない)選択の係数は−9.53(95% CI −11.47〜−7.59)と大きな負の値で、すでに治療を受けている被験者がプランの拒否を強く避け、何らかのIVFプランを選ぶ傾向が強かったことが示されました。妊娠率を1周期15%から60%へ高めると限界効用が3.63増加し、副作用を重度から軽度へ改善すると1.86増加しました。相対的重要度は、1周期あたりの妊娠率が最も高く44.7%、次いで副作用22.9%、治療費15.0%、情報提供12.7%、通院回数4.9%でした。支払意思額(WTP)は、妊娠率を15%から60%へ改善するために56,099.89元、副作用を重度から軽度へ改善するために22,718.73元、情報提供を「なし」から「常にあり」へ改善するために8,720.87元、通院回数を30回から10回へ減らすために6,429.00元でした。
シナリオ分析では、最も不利な条件(通院30回・重度副作用・情報提供なし・治療費60,000元・妊娠率15%)を基準とすると、副作用を重度から軽度に改善するだけで90.2%の患者が新たな治療を選好し、単一属性の改善で受容率を55.3%未満から98.7%超へ高められました。異質性分析では、学歴と世帯所得が選好の異質性に有意に関連しており、大卒以上の女性は軽度副作用(β=0.61)と高い妊娠率(45%:β=0.49、60%:β=1.21)への選好がより強く、世帯年収8万元以上の女性は治療負担・費用への感受性が低く(通院回数β=0.04、費用β=0.03)、情報提供を重視していました(常に提供β=0.28)。
【金額・指標の読み方(補注)】 本論文の「元(人民元、CNY)」は、現在のレート(1元 ≈ 23.5円)でおおよそ以下に相当します。 提示された1周期治療費は20,000元(約47万円)・40,000元(約94万円)・60,000元(約141万円)の3水準でした。中国は生殖補助医療がほぼ保険適用外で全額自己負担という前提があり、この費用感が政策的議論の背景になっています。 ここで注意すべきは、WTP(支払意思額)は「実際に上乗せして払う金額」ではなく、選好の強さを費用に換算した”交換レート”であるという点です。たとえば「妊娠率15→60%」のWTP 56,100元(約132万円)は、被験者が実際にその額を払えるという意味ではなく、「妊娠率の改善は、1周期の治療費ほぼ1回分に匹敵するほど価値が高いと評価された」という選好の強さを表します。費用を連続変数(線形)として扱っているため、提示水準を超える額も数式上は外挿されます。また通院回数はすべて「1周期あたり」の値であり、妊娠までの累計回数ではありません。
私見
効果(妊娠率)が選好を支配するという結果は、先行のステイテッドプリファレンス研究と一致します。肯定的な知見として、Ryan M. Soc Sci Med. 1999 はコンジョイント分析でIVF患者が治療成績の改善を極めて高く評価し、成功率向上のために他の側面の変化を受け入れることを示しました。Botha W, et al. J Med Econ. 2019(オーストラリアの社会的DCE)も治療効果に関する属性が他のプログラム特性より優先されることを報告しています。Musters AM, et al. Hum Reprod. 2011 は注射・費用・出生率に関する選好を定量化し、女性が出生率と治療の不便さ・苦痛を天秤にかけることを示しました。
安全性・負担の重視についても先行研究と整合します。Braam SC, et al. Hum Reprod Open. 2020 は、卵巣過剰刺激症候群(OHSS)リスクの高い女性が、より安全で負担の少ないIVFを高く評価することを示しており、本研究で副作用がRI第2位(22.9%)であった結果と方向性が一致します。
費用については、Maeda E, et al. BMC Health Serv Res. 2022 が日本において自己負担条件下で世帯所得がART選択に影響することを報告しており、本研究の費用感受性と整合します。
国別にどの程度ばらつくのか興味がつきないテーマです。
文責:川井清考(WFC group CEO)
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