
はじめに
クロミフェンクエン酸塩(CC)は、1967年に販売承認されて以来、さまざまな不妊症女性の排卵誘発において広く使用されている選択的エストロゲン受容体調節薬です。主に多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)によるWHO group II 正常ゴナドトロピン性無排卵に適応されますが、原因不明不妊症にも処方されています。クロミフェンは比較的ふるい薬のため、有害事象の研究が今更感があり、あまりでてきません。また対照群となるPCOS患者自身も合併症が多いため、薬剤影響か患者素因かの議論が難しいところです。今回、フランスデータベースを用いたクロミフェン使用による多胎妊娠・単胎妊娠と周産期合併症のリスク報告がでてきましたのでご紹介いたします。
ポイント
クロミフェン使用により多胎妊娠リスクが4倍増加し、単胎妊娠においても周産期合併症のリスクが上昇することが全国規模のコホート研究で明らかになりました。
引用文献
Mathilde Bourdon, et al. Fertil Steril. 2025 Aug;124(2):334-343. doi: 10.1016/j.fertnstert.2025.04.005.
論文内容
フランス健康保険データベース(SNDS)を用いて、2013年から2019年の間に妊娠22週以上継続した18~43歳女性の妊娠を対象とした全国規模のコホート研究です。CC使用妊娠を1:5の比率で非使用対照妊娠と母体年齢、出産年、French social deprivation index、高血圧歴、糖尿病歴でマッチングしました。体外受精・顕微授精治療や妊娠12ヶ月前のゴナドトロピン治療歴のある女性は除外されました。
結果
総妊娠数3,173,013例中、32,010例(1%)がCC使用妊娠で、このうち31,934例が159,670例の非使用対照妊娠と比較されました。CC使用妊娠では多胎妊娠率が有意に高く(5.2% vs. 1.4%;OR, 3.9;95%CI, 3.7–4.1)、双胎妊娠(5.1% vs. 1.4%;OR, 3.9;95% CI, 3.7–4.1)、品胎以上の妊娠(0.13% vs. 0.03%;OR, 4.3;95% CI, 2.9–6.5)ともに対照群より有意に高率でした。CC使用妊娠では減胎術も有意に増加していました(OR, 17.1;95% CI, 8.7–39.9)。CC使用妊娠は死産、切迫早産、前期破水、妊娠糖尿病、前置胎盤、妊娠高血圧、子癇前症、早産、胎児発育不全、帝王切開率などの産科・周産期有害転帰と有意に関連していました。多胎妊娠で層別化し、精神疾患歴、肥満、妊娠中の減胎術で調整した後も、CC使用は単胎・多胎妊娠の両方で有害転帰と関連していました。単胎妊娠では、CC使用妊娠は死産(aOR, 1.28[1.01–1.61])、人工妊娠中絶(aOR, 1.35[1.03–1.77])、妊娠糖尿病(aOR, 1.14[1.11–1.17])、前置胎盤(aOR, 1.38[1.20–1.59])、子癇前症(aOR, 1.25[1.18–1.33])、早産(aOR, 1.30[1.25–1.35])、および胎児発育不全(aOR, 1.13[1.10–1.17])と関連していました。
私見
この研究は薬剤自体の影響なのか、治療対象となる基礎疾患(主にPCOS)の影響なのかは判然としませんが、CCの抗エストロゲン作用による子宮内膜への影響や胎盤形成障害、またCCの長い半減期(最終投与から22日間代謝物が循環)により妊娠初期の胎児曝露が関与している可能性が示唆されています。臨床的には不妊患者にとって有益で安全性が高い薬剤ではありますが、2024年の動物実験では交配後36時間以内の過剰クロミフェン投与により妊娠率30%低下、胎児体重16%減少、約30%の胎児に発育遅延や先天異常が生じるという報告もないわけではありません。(Peck Y Chin, et al. Endocrinology. 2024. doi: 10.1210/endocr/bqae047.)
臨床的には、CC使用時の多胎予防のための超音波による卵胞モニタリングの重要性が推奨されており、国際ガイドラインでも推奨されているにも関わらず、実際の臨床現場では約50%の医師が一貫したモニタリングを行っていないという調査結果もあります。この研究結果は、CC使用における十分なインフォームドコンセントと適切な卵胞モニタリングの必要性を改めて示しています。
文責:川井清考(WFC group CEO)
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