不育症

2025.06.13

不育症の免疫療法:米国2025治療ガイドライン(Am J Reprod Immunol. 2025)

はじめに

不育症は生殖年齢女性の1-5%が経験する深刻な問題で、2回以上の自然流産と定義されています。近年の研究により、原因不明不育症の73%以上において、NK細胞機能異常やTh1/Th2比の異常などの免疫学的異常が確認されています。妊娠中の母体免疫応答は動的であり、バランスの乱れが妊娠予後の悪化と関連しています。米国生殖免疫学会(ASRI)が作成した不育症に対する免疫療法ガイドラインをご紹介いたします。繰り返し書かれてあるのは、患者選択の重要性、個別化医療、安全性への配慮、継続的研究の必要性についてです。稀な疾患であるがゆえ専門知識をもった施設での診療が必要だと考えています。

ポイント

免疫異常を有する不育症患者に対して、適切に選択された免疫療法(コルチコステロイド、IVIG、ビタミンDなど)が生児出生率の改善に有効である可能性があります。

引用文献

Cavalcante MB, et al. Am J Reprod Immunol. 2025;93:e70099. doi: 10.1111/aji.70099.

論文内容

不育症患者に対する免疫療法の適用について、米国生殖免疫学会(ASRI)がシステマティックレビューとメタアナリシスを実施しまとめたガイドラインです。GRADE評価システムを用いて、11種類の免疫療法(コルチコステロイド、IVIG、リンパ球免疫療法、脂質乳剤、ビタミンD、カルシニューリン阻害薬、顆粒球コロニー刺激因子、抗TNF薬、ヘパリン/アスピリン、ヒドロキシクロロキン、ヒト絨毛性ゴナドトロピン)の有効性と安全性を評価しました。

結果

コルチコステロイドについては、子宮内NK細胞≥5%や抗核抗体陽性などの免疫異常を有する不育症患者において、プレドニゾロン5-20mg/日の妊娠前から第1三半期までの投与により生児出生率が改善することが示されました(RR 1.58, 95% CI 1.23-2.02)。IVIGは、末梢血NK細胞異常やTh1/Th2免疫異常を有する患者において400mg/kg、1-3週間毎の投与で生児出生率の改善が認められました(RR 2.31, 95% CI 1.66-3.21)。ビタミンDについては、不育症患者でのビタミンD不足と流産リスクの強い関連性が示され(OR 4.02, 95% CI 2.23-7.25)、妊娠前血清25(OH)D濃度を30 ng/mL以上にビタミンD3 2,000-4,000 IU/日補充することにより維持することが推奨されました。ヘパリン/アスピリン併用療法は、反復抗リン脂質抗体を有する不育症患者において、アスピリン単独治療と比較して生児出生率を改善する可能性が示されました。一方、リンパ球免疫療法、脂質乳剤、カルシニューリン阻害薬については限定的なエビデンスにとどまり、顆粒球コロニー刺激因子や抗TNF薬については相反する結果が報告されています。

私見

限定的なエビデンスにとどまったとした根拠は以下のとおりです。
リンパ球免疫療法(LIT)は米国ではFDAにより禁止されていますが、22RCTのうち68%で不育症の生児出生率改善を認めているため、制限のない国では不育症女性に対して条件付きで推奨としています。ただし、anti-paternal leukocyte antibodyなどの生物学的マーカーを用いた患者選択とLIT後のセロコンバージョンの確認を推奨しています。
静脈内脂質乳剤は、不育症女性の生児出生率改善に関するエビデンスは低レベルですが、胚因子のない母体側が原因と考えられる不育症女性、特に免疫マーカー陽性(末梢血NK細胞傷害性上昇、Th1サイトカイン上昇)患者では生児出生率を改善する可能性が記載されています。
カルシニューリン阻害薬(CNI:タクロリムスおよびシクロスポリン治療など)が不育症と免疫異常(Th1/Th2細胞比上昇、子宮内膜CD56+・CD57+ NK細胞拡張など)を有する女性の生児出生率を改善するエビデンスは低レベルです。免疫異常を標的とした標準化アプローチによる更なる臨床研究が必要とされています。

ヒドロキシクロロキン(HCQ)は自己免疫疾患(APS、SLE、RAなど)を有する不育症女性、または慢性絨毛膜間質炎などの胎盤炎症性疾患を有する患者に考慮可能で、100-200mg、1日2回、妊娠期間中および産後も継続としています。
顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)や抗TNF薬に対する胚因子のない母体側が原因と考えられる不育症女性に対する効果は賛否両論あり、現在のところは新しいRCTが必要と判断しています。
ヒト絨毛性ゴナドトロピン(hCG)はエビデンスレベルが低く、治療効果があるだろう患者集団も不明であり、エビデンスが不足しているとされていて推奨はされていません。

習慣性流産における免疫マーカーを用いた患者選択の詳細

今回のASRIガイドラインでは、習慣性流産患者に対する免疫療法の適応決定において、免疫マーカーによる詳細な評価が推奨されています。つまり、「免疫異常が検出されれば積極的に介入する」というスタンスです。

基本評価として、子宮内膜生検によるuNK細胞評価、末梢血pbNK細胞レベルと活性、基本的自己抗体スクリーニング(ANA、aPL、ATA)、次に詳細な免疫検査として、Th1/Th2比、Th17/Treg比、NK細胞サブセット解析、抗原特異的自己抗体の詳細検索としています。全てが国内商業検査として行えるわけではありませんが、参考として検討すべき事項かと考えています。

文責:川井清考(院長)

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