治療予後・その他

2025.06.17

慢性高血圧女性におけるアスピリンによる妊娠高血圧症候群発症遅延効果(Am J Obstet Gynecol. 2025)

はじめに

慢性高血圧は妊娠における主要なリスク因子の一つであり、妊娠高血圧症候群をはじめとする多くの妊娠合併症の原因となります。妊娠16週以前に100mg以上のアスピリンを開始することで、早期妊娠高血圧症候群リスクが減少することが知られていますが、ASPRE試験の二次解析では慢性高血圧女性における早期妊娠高血圧症候群予防効果は明確ではありませんでした。今回、慢性高血圧女性におけるアスピリンの効果をより詳細に検討したASPRE試験の事後解析をご紹介いたします。

ポイント

慢性高血圧女性において、アスピリンは妊娠高血圧症候群発症そのものを予防するのではなく、発症時期を遅延させる効果があります。

引用文献

Emmanuel Bujold, et al. Am J Obstet Gynecol. 2025 Apr 24:S0002-9378(25)00261-3. doi: 10.1016/j.ajog.2025.04.046.

論文内容

慢性高血圧の既往がある女性において、アスピリンが妊娠高血圧症候群発症時期に与える影響を評価することを目的とした、ASPRE試験の事後二次解析です。慢性高血圧の既往がある女性において、Kaplan-Meier解析を用いて妊娠週数に応じた妊娠高血圧症候群による分娩の累積リスクを決定しました。37週未満の分娩に限定した重み付きlog-rank検定(Gehan-Breslow-Wilcoxon検定)を用いて群間比較を行いました。この検定は早期分娩により大きな重みを与える特徴があります。連続変数は中央値と四分位範囲で報告されました。

結果

ASPRE試験の参加者1,620名のうち110名(7.0%)に慢性高血圧の既往がありました。慢性高血圧のある参加者のうち、49名(45%)がアスピリン群に、61名(55%)がプラセボ群にランダムに割り当てられました。2群間で母体年齢、妊娠週数、民族、BMI、分娩歴、喫煙、平均動脈血圧、子宮動脈拍動指数、母体血清pregnancy-associated plasma protein-A(PAPP-A)、placental growth factor(PlGF)を組み合わせたアルゴリズムで早期妊娠高血圧症候群の推定リスクに有意差はありませんでした。Kaplan-Meier曲線は、アスピリン使用が早期妊娠高血圧症候群累積リスクをより遅い妊娠週数にシフトさせることを示唆していました(P=0.051)。36週で分娩した女性において、アスピリン群では4例の妊娠高血圧症候群が妊娠35.6週の中央値で分娩(IQR:35.2-36.0、全例が35週以降の分娩)したのに対し、プラセボ群では4例の妊娠高血圧症候群が妊娠30.5週の中央値で分娩(IQR:28.1-32.7、全例が35週未満の分娩)しました(P=0.03)。

私見

今回の研究は、慢性高血圧女性におけるアスピリンの効果が「予防」ではなく「遅延」であることを明確に示した重要な報告です。
ASPRE試験は「Combined Multimarker Screening and Randomized Patient Treatment with Aspirin for Evidence-Based Preeclampsia Prevention trial」の略称で早期妊娠高血圧症候群のハイリスク女性におけるアスピリンの予防効果を検証した多施設共同無作為化二重盲検プラセボ対照試験で、ベイジアンリスクアルゴリズムを用いて選別された単胎妊娠において、妊娠11-14週から36週まで150mgのアスピリンを夜間投与することで、プラセボと比較して早期妊娠高血圧症候群発症率を62%減少することをNEJMに報告しています。

文責:川井清考(院長)

お子さんを望んで妊活をされているご夫婦のためのブログです。妊娠・タイミング法・人工授精・体外受精・顕微授精などに関して、当院の成績と論文を参考に掲載しています。内容が難しい部分もありますが、どうぞご容赦ください。当ブログ内のテキスト、画像、グラフなどの無断転載・無断使用はご遠慮ください。

# アスピリン、ヘパリン

# 妊娠高血圧症候群

# 予防介入

この記事をシェアする

あわせて読みたい記事

男性不妊と女性不妊におけるART妊娠の周産期予後の違い(Fertil Steril. 2025)

2025.09.08

妊娠前メトホルミンによる重症妊娠悪阻リスクの低下(Am J Obstet Gynecol. 2025)

2025.08.19

妊娠中期頚管短縮に対するプロゲステロン腟剤の周産期予後改善効果(Am J Obstet Gynecol. 2025)

2025.08.18

ART妊娠親子の心理的転帰:システマティックレビュー・メタアナリシス(J Assist Reprod Genet. 2025)

2025.07.29

高齢化における生殖補助医療の倫理的考慮:Ethics Committee opinion(Fertil Steril. 2025)

2025.07.25

治療予後・その他の人気記事

がん患者の妊孕性保存 ASCOガイドラインアップデート2025(J Clin Oncol. 2025)

凍結卵子を使用しない場合の対応に伴う意思決定(Fertil Steril. 2023) 

2023.05.26

妊娠高血圧腎症予防にアスピリンの使用方法は?(Am J Obstet Gynecol. 2023)

2023.08.10

妊娠糖尿病既往ぽっちゃり女性は減量が再発予防に効果的(Am J Obstet Gynecol. 2023)

自然妊娠・体外受精妊娠では、妊娠中の不安は同程度?(Hum Reprod. 2023)

2023.05.23

社会的卵子凍結の実施有無に対する後悔リスク(J Assist Reprod Genet. 2023)

今月の人気記事

年齢別:正倍数性胚盤胞3個以上を得るために必要な成熟凍結卵子数(Fertil Steril. 2025)

2025.10.06

2023年ARTデータブックまとめ(日本産科婦人科学会)

2025.09.01

肥満PCOS女性における単一正倍数性胚盤胞移植の妊娠転帰(Fertil Steril. 2025)

2025.10.01

子宮内膜厚と出生率の関連:米国SARTレジストリ研究(Fertil Steril. 2025)

2025.10.03

男性不妊症とExome sequencing (Eur Urol. 2025)

2025.10.04

ICSI周期における未熟卵割合と胚発生・出生率の関連(Hum Reprod. 2025)

2025.09.30