はじめに
不妊治療において、妊娠・出産という結果だけでなく、治療プロセス全体における患者満足度が重要視されるようになっています。医療の質を高める観点から、「患者中心のケア(patient-centered care)」への関心は国際的に高まっており、患者満足度は医療機関の改善指標としても注目されています。これまでの研究の多くはヨーロッパ諸国で行われており、米国の不妊クリニックにおける患者満足度に関連する因子を大規模に評価した研究は乏しい状況でした。今回、米国の不妊クリニックを受診した女性7,000名以上のアンケートデータを用いて、患者の良好な治療体験(PPE)に関連する因子を検討した横断研究をご紹介いたします。
ポイント
妊娠の有無に関わらず、「人として扱われている感覚」「医師のコミュニケーション能力」「適切な期待値設定」「待ち時間の短さ」「費用対応への満足」が、患者の良好な治療体験と独立して関連していました。
引用文献
Shandley LM, et al. Fertil Steril. 2020 Apr;113(4):797-810. doi: 10.1016/j.fertnstert.2019.12.040.
論文内容
本研究は、米国の不妊クリニックにおける患者の良好な体験(PPE: Positive Patient Experience)に関連する因子を明らかにすることを目的とした横断研究です。対象は、2015年7月から2018年7月の期間にFertilityIQ(www.fertilityiq.com)のアンケートに自発的に回答し、初めてまたは唯一受診した米国の不妊クリニックを評価した女性患者です。PPEは、「この不妊クリニックを親友に勧めるか?」という設問に対して10点満点中9点または10点をつけた場合と定義しました。検討した予測因子は、患者背景(年齢・人種・教育歴・収入・保険状況・地域)、不妊診断・治療内容、医師の特性(コミュニケーション能力・信頼性・共感力)、クリニック運営(待ち時間・予約のしやすさ・エラーの有無・付帯サービス)など多岐にわたります。欠損値への対応として多重代入法を用い、PPEに関連する因子の推定にはロジスティック回帰分析を使用しました。
結果
アンケートを完了した12,502名のうち、選択基準を満たした7,456名を解析対象としました。そのうち63.1%がPPEを報告しました。単変量解析では、妊娠の成立(OR 3.08、95%CI 2.78–3.41)が最もPPEと関連した因子でした。医師特性に関しては、「人として扱われている感覚」(OR 33.79、95%CI 28.26–40.40)、医師の信頼性(OR 55.78、95%CI 41.94–74.18)、コミュニケーション能力(OR 29.06、95%CI 24.49–34.50)、共感力(OR 20.73、95%CI 17.63–24.37)、次回受診内容の理解(OR 21.68、95%CI 18.76–25.07)が高いORを示しました。クリニック関連では、重大なエラーや軽微なエラーの発生はPPEの報告をそれぞれ87〜90%低下させました(重大エラー OR 0.13、軽微エラー OR 0.10)。直接連絡が取れる体制がある場合はPPEの報告が2〜3倍高く、付帯サービス(遺伝カウンセリング・栄養指導・メンタルヘルスケアなど)も2〜3のORを示しました。
多変量解析においても、妊娠は引き続きPPEの有意な予測因子でした(aOR 1.72、95%CI 1.45–2.04)。大学卒以上の学歴を持つ患者はPPEを報告しにくく(aOR 0.70、95%CI 0.58–0.84)、自己卵を用いた胚移植を受けた患者もPPEを報告しにくい傾向がありました(aOR 0.82、95%CI 0.69–0.97)。医師特性に関しては、「期待通りの結果が得られた感覚」(aOR 2.27、95%CI 1.94–2.67)、「人として扱われた感覚」(aOR 2.97、95%CI 2.30–3.84)、良好なコミュニケーション(aOR 2.48、95%CI 1.91–3.24)、信頼性(aOR 2.08、95%CI 1.45–2.97)、次のステップへの理解(aOR 2.10、95%CI 1.70–2.58)、治療方針の柔軟な修正(aOR 3.11、95%CI 2.55–3.80)がいずれも有意な予測因子でした。クリニック関連では、エラーの発生がPPE報告を大きく低下させ(aOR 0.39、95%CI 0.33–0.46)、予約のしやすさ(aOR 2.53、95%CI 2.03–3.16)、当日の受診しやすさ(即日:aOR 2.18、95%CI 1.36–3.47;当日:aOR 1.48、95%CI 1.11–1.98)、医師との面談頻度(aOR 1.41、95%CI 1.21–1.65)、鍼灸の提供(aOR 1.69、95%CI 1.39–2.06)、費用部門への満足(aOR 2.96、95%CI 2.52–3.48)が有意な予測因子として残りました。待ち時間については、1時間以内に連絡がとれる場合(aOR 2.51、95%CI 1.47–4.27)、当日中の対応(aOR 1.75、95%CI 1.04–2.93)がいずれもPPEと関連しました。
私見
先行研究との比較では以下のような点が注目されます。
Dancet EA, et al. Hum Reprod Update. 2010
患者が求める医師像として「良好なコミュニケーション」「感情的サポート」「情報提供」が繰り返し挙げられており、本研究のPPEに関連した医師特性と整合しています。
van Empel IW, et al. Fertil Steril. 2011
診察に携わる医師の数が増えるほど患者満足度が低下することが示されており、本研究の単変量解析(複数医師による診療でPPEが70%低下)とも一致しています。一方、多変量解析ではこの因子の独立した影響が示されなかった点は興味深く、妊娠成立や医師特性などの因子がより強力に作用していることを示唆しています。
Boivin J, et al. BMJ. 2011
不妊治療における感情的ストレスが治療結果の評価に影響することが示されており、本研究の知見とも関連します。
本研究の過去報告との異なる点は、費用部門への満足(billing satisfaction)が多変量解析でPPEの独立した強力な予測因子(aOR 2.96)として同定されたことです。これはヨーロッパの先行研究では報告されておらず、保険制度や自己負担の仕組みが異なる米国特有の因子である可能性があります。また、鍼灸の提供が独立した予測因子として同定された点(aOR 1.69)は、鍼灸がIVF中のストレス軽減に寄与する可能性(Hullender Rubin LE, et al. Acupunct Med. 2018)を示した報告もあり、補完医療の提供が患者体験の向上に間接的に貢献しうることを示しています。
これらのことから考えると、不妊クリニックにおけるPPEが妊娠成立という結果のみならず、医師のコミュニケーション・共感力・期待値管理、クリニックのアクセスのしやすさ、エラーの回避、費用対応への満足といった「修正可能な因子」によっても大きく規定されることを明確に示した点で、臨床実践への示唆に富む報告といえます。日々の診療の中で「患者を一個人として向き合うこと」「次のステップを明確に伝えること」「治療方針を柔軟に見直すこと」を意識し続けることが、患者満足度の向上に直結するものと考えられます。
文責:川井清考(WFC group CEO)
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