一般不妊

2024.05.30

不妊患者の自覚症状のない甲状腺機能低下(ASRMガイドライン2024)

はじめに

不妊症女性における潜在(無症候)性甲状腺機能低下症のガイドラインがアメリカ生殖医学会より報告されました。
潜在性甲状腺機能低下症は、TSH濃度が正常範囲の上限を超え、血清fT4濃度が正常範囲内である状態をさします。国内の管理とは若干異なるところもあるかもしれませんが、参考になると感じています。

引用文献

Practice Committee of the American Society for Reproductive Medicine.
Fertil Steril. 2024 May;121(5):765-782. doi: 10.1016/j.fertnstert.2023.12.038.

論文内容

推奨事項 

  • 潜在性甲状腺機能低下症の診断には、非妊娠患者については検査会社の定めるTSHカットオフ値を、妊娠患者については妊娠3ヵ月ごとのカットオフ値を用いることが推奨されます。検査室でのカットオフ値が利用できない場合は、定義されたTSH正常値の上限値を使用すべきである(証拠の強さ:B;推奨の強さ:中等度)。 
  • 潜在性甲状腺機能低下症は流産リスク増加とは関連しないことを女性に説明することが推奨される(証拠の強さ:B;推奨の強さ:中等度)。 
  • TSH値が2.5~4mIU/Lの間は流産リスクの増加とは関連しないことを女性に説明することが推奨される(証拠の強さ:B;推奨の強さ:中等度)。 
  • 潜在性甲状腺機能低下症が不妊症と関連していることを女性に説明するには十分な証拠がない(証拠の強さ:C;推奨の強さ:弱い)。 
  • 潜在性甲状腺機能低下症が産科リスク増加と関連していないことを女性に説明することが推奨される(証拠の強さ:B;推奨の強さ:中等度)。 
  • 潜在性甲状腺機能低下症は児の神経発達とは関連しないことを女性に説明することが推奨される(証拠の強さ:A;推奨の強さ:強)。 
  • 潜在性甲状腺機能低下症の診断を受けている妊娠希望または既に妊娠している女性に対して、流産率の減少・妊娠率・出生率の改善のためにレボチロキシンを投与することは推奨されない。(証拠の強さ:B;推奨の強さ:中等度) 
  • 妊娠中に診断された潜在性甲状腺機能低下症に対するレボチロキシン療法は、発育転帰を改善するという適応では推奨されない(証拠の強さ:A;推奨の強さ:強)。 
  • 不妊症または妊娠中の無症状の女性において甲状腺抗体をスクリーニングすることは推奨されない。反復流産の既往歴のある女性では、標的スクリーニングを考慮してもよい(証拠の強さ:C;推奨の強さ:弱)。 
  • 妊娠中の甲状腺機能のルーチンスクリーニングは推奨されない(証拠の強さ:B;推奨の強さ:中等度)。 
  • リスクが高い患者には、血清TSH値を用いた妊娠中の甲状腺機能スクリーニングが推奨される。(エビデンスの強さ:B;推奨の強さ:中等度)。 
  • TSHおよびT4値は、不妊症の患者全員ではなく、甲状腺機能低下症の徴候または症状(月経不順を含む)のある患者に検査すべきである(証拠の強さ:B;推奨の強さ:中等度)。 

私見

Unanswered questionで書かれていますが、潜在性甲状腺機能低下症に対するスクリーニング・治療を積極的に行う臨床研究を行っても、児の神経予後を改善するという結論にはたどりつかないだろう。ただし、甲状腺抗体陽性患者や体外受精治療を行う不妊症患者に対しての精査・治療に関しては追加臨床試験によって推奨度が変わるかもしれないとされています。 
日本甲状腺学会の妊娠における潜在性甲状腺機能低下症の治療の手引き待ち遠しいですね。 

文責:川井清考(WFC group CEO)

お子さんを望んで妊活をされているご夫婦のためのコラムです。妊娠・タイミング法・人工授精・体外受精・顕微授精などに関して、当院の成績と論文を参考に掲載しています。内容が難しい部分もありますが、どうぞご容赦ください。当コラム内のテキスト、画像、グラフなどの無断転載・無断使用はご遠慮ください。

# 甲状腺

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