
はじめに
採卵に限らず、処置をする前は不安感が高まりますよね。病気でもないのに将来のために卵子凍結を受ける女性にとっては、採卵術はストレスフルな状況だと思います。最近、医療分野でのバーチャルリアリティ(VR)技術は、小児・成人患者の疼痛や不安軽減に効果的であることが示されており、特に自然風景を用いたVR映像は副交感神経の活性化やストレスホルモンの減少といった生理学的効果が科学的に証明されています。しかし、計画的卵子凍結患者に対するVR介入の効果について検討した報告をご紹介いたします。
ポイント
計画的卵子凍結前の自然風景VR映像視聴により、術前不安が有意に軽減され、STAI スコア、収縮期血圧、VASスコアの改善が認められました。
引用文献
Yael Suissa-Cohen, et al. J Assist Reprod Genet. 2025 Jul 9. doi: 10.1007/s10815-025-03571-w.
論文内容
計画的卵子凍結を受ける患者の不安レベルに対するバーチャルリアリティ(VR)曝露の効果を検討することを目的とした無作為化対照試験です。2023年11月から2024年2月まで、エルサレムの生殖医療施設で実施されました。患者は通常管理群またはVR群に無作為に割り付けられ、VR群は手術室に入る前に20分間の自然風景映像を視聴しました。
主要評価項目は状態特性不安尺度(STAI)スコアの変化とし、副次評価項目として不安関連バイタルサインおよび視覚的アナログスケール(VAS、1-10点)を測定しました。データは入院時、術前、回復後の3時点で収集され、12名ずつの群で5点のSTAI減少を検出するサンプルサイズが計算されました。
結果
30名の患者が登録され、16名が通常管理群、14名がVR群に割り付けられました。両群のベースライン不安スコア(S-STAI)は低く、ほぼ同等でした(VR群24.8±10.2、通常管理群24.75±11.1、p=0.897)。VR群では入院時から術前にかけてSTAIスコアが有意に減少した一方、通常群では増加しました(p=0.02)。興味深いことに、中等度から重度の不安を示す患者の割合(S-STAI>30)は、介入後にVR群で8.3%、通常管理群で50%となり、有意差が認められました(p=0.04)。回復後の収縮期血圧は、統計学的有意差には達しなかったものの、VR群でより大きな低下を示しました(-9.7±12.3 mmHg vs -1.3±13.1 mmHg、p=0.08)。VASスコアも入院時から術前にかけてVR群でより大きな改善を示しました(p=0.04)。なお、VR視聴中の副作用は軽微な眩暈が1例のみで、安全性に問題はありませんでした。
私見
自然風景VRが選択された科学的根拠として、自然環境には副交感神経の活性化、コルチゾール(ストレスホルモン)の減少、血圧・心拍数の安定化といった生理学的効果が証明されており、VRの没入感がこれらの効果を最大化するようです。
不妊患者でも同様であるのであれば、今後患者さまの不安軽減のために検討していけるポイントかもしれません。
文責:川井清考(WFC group CEO)
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