
はじめに
移植時子宮内膜が薄いと生殖医療成績が低下すると考えられており、一般的に妊娠率や生児獲得率は内膜厚が6-8mm以上で改善するとされてきました。しかし、この根拠となる研究には様々なlimiatationがあり、閾値については議論が続いています。正倍数性単一胚盤胞移植という条件を統一した大規模な国際多施設研究により、内膜厚と生児出生率の関係を詳細に検討したもの報告をご紹介します。
ポイント
内膜厚7mm未満で生児出生率の低下が認められるものの、その程度や閾値は施設や周期の種類により異なることが明らかになりました。
引用文献
Haley Genovese, et al. Hum Reprod. 2025 Jul 10:deaf129. doi: 10.1093/humrep/deaf129.
論文内容
正常核型単一胚移植を受ける患者において子宮内膜厚が生児出生率に与える影響を評価することを目的とした国際多施設後向きコホート研究です。2017年1月から2022年12月に米国、スペイン、アラブ首長国連邦の25生殖医療施設で実施された30,676例の凍結胚移植周期を対象としました。全ての移植は自己卵子由来の正常核型単一胚盤胞を用いて行われました。内膜調整プロトコールはホルモン補充周期、自然排卵周期、修正排卵周期が含まれ、主要評価項目は内膜厚と周期の種類により層別化した生児獲得率でした。
結果
全周期の78.6%(24,097例)がホルモン補充周期、2.5%(759例)が自然排卵周期、19.0%(5,820例)が修正排卵周期でした。全施設における内膜厚の中央値は8.9mm(米国9.0mm、スペイン8.7mm、UAE 8.0mm)でした。全施設のデータを統合した解析では、ホルモン補充周期と修正排卵周期の両方で内膜厚7mm未満において生児出生率の低下が認められました。回帰分析により、内膜厚7mm未満のホルモン補充周期と修正排卵周期では、生児出生のオッズがそれぞれ22%(aOR 0.78、95%CI 0.70-0.87、P≤0.001)、41%(aOR 0.59、95%CI 0.49-0.72、P<0.001)減少することが示されました。一方、自然排卵周期では生児出生率に影響を与える内膜厚の閾値は特定されず、内膜厚7mm未満でも生児獲得率への有意な影響は認められませんでした(aOR 0.85、95%CI 0.58-1.25、P=0.41)。内膜厚を含むモデルの予測性能(AUC:0.597)は、内膜厚を含まないモデル(AUC:0.591)と比較して有意差は認められませんでした(P=0.052)。
私見
本研究は正倍数性胚移植に限定した過去最大規模の解析であり、内膜厚と生児獲得率の関係について重要な知見を提供しています。興味深いのは、施設間で内膜厚の分布や生児獲得率への影響が異なる点です。米国とスペインでは内膜厚7mm未満の症例が少なく(それぞれ2.6%、5.2%)、UAEでは12%と高い割合を示しました。これは各施設の診療方針の違いを反映しており、米国やスペインでは「最適な」内膜厚を目指すために周期の延長や変更が行われる一方、UAEではより自然な経過で移植が実施されていることを示唆しています。自然周期で内膜厚の影響が認められなかったことは、人為的な介入による選択バイアスの可能性を示唆する重要な所見です。臨床的には、任意の内膜厚閾値のみに基づく周期キャンセルの妥当性について再考を促す結果といえるでしょう。
文責:川井清考(WFC group CEO)
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