体外受精

2025.08.26

反復着床不全の定義の多様性(Hum Reprod Open. 2025)

はじめに

反復着床不全(RIF)は、複数回の胚移植後も着床が成功しない状態として定義される臨床的課題で、ART治療を受ける女性の10-15%と推定されています。2023年にESHREがRIF診断の標準化を目的とした基準を従来の移植回数、移植胚数などから確率的アプローチを用いた革新的な基準を推奨したことを受け、既存の文献で使用されているRIF定義とESHRE基準との一致度を評価することが重要となっています。反復着床障害の定義の多様性を評価した報告をご紹介いたします。

ポイント

現在の臨床研究で使用されているRIF定義は極めて多様であり、ESHRE2023推奨の個別化された60%累積着床予測確率基準を満たす研究の割合は著しく低く、標準化されたRIF定義の実装が急務です。

引用文献

Jessica K. Lu, et al. Hum Reprod Open. 2025;2025(3):hoaf033. doi: 10.1093/hropen/hoaf033.

論文内容

反復着床不全(RIF)の定義が発表文献でどのように使用されているか、またこれらの定義がESHREが最近導入したRIF基準とどの程度一致するかを評価することを目的としたシステマティックレビューです。EMBASE、PubMed、Cochrane Central Register Of Controlled Trials、Scopus、Web of Scienceのデータベースを2024年6月30日まで検索し、「recurrent implantation failure」および「repeated implantation failure」の検索用語を使用してRIF患者を含む原著論文を対象としました。適格な全文記事から研究方法論と特性、ART特性、使用されたRIF定義を手動で抽出し、事前に定められた分類項目に従ってRIF定義を分析し、これらの定義をESHREが2023年に発表した60%累積着床予測確率閾値と比較検討しました。

結果

文献検索により9853件の研究が特定され、そのうち748件が包含基準を満たしました。748件の研究のうち、589件(78.7%)が1つのRIF定義を提供し、83件(11.1%)が2つの定義を使用し、3件(0.4%)が3つ以上の定義を提供し、73件(9.8%)がRIFの定義を提供していませんでした。抽出された838のRIF定義のうち、驚くべきことに合計503の独自のRIF定義が存在しました。RIFを定義するために最も一般的に使用された3つの分類項目は、胚の形態学的質(n=491、58.6%)、移植回数(n=439、52.4%)、累積移植胚数(n=326、38.9%)でした。RIFは最も頻繁に「≥3回の胚移植の失敗」(n=26)および「≥3回の刺激周期の失敗」(n=22)として診断されました。累積移植胚数に基づくRIF定義の閾値は、胚盤胞と比較して分割期胚で有意に高くなりました(発生率比2.15、P<0.001)。 

著者らが既存研究とESHRE基準との整合性を評価するために独自に設定した4つの予後モデル(母体年齢や胚移植回数の仮定条件を変えた解析シナリオ)を用いた解析において、ESHRE推奨のRIF診断閾値である60%を超える累積着床予測確率を満たす研究の割合は、’Worst case scenario’ model(モデル1)で2.1%、’Optimistic theoretical cohort’ model(モデル2)で34.5%、’Available data’ model(モデル3)で6.4%、’Optimistic theoretical minimum embryo transfer’ model(モデル4)で65.1%という結果を示し、ほとんどの場合で既存のRIF定義がESHRE基準を満たしていませんでした。

私見

ESHREの2023年RIF基準は、従来の「3回の胚移植失敗」といった画一的定義から脱却し、患者個別の累積着床予測確率60%という閾値を用いた革新的アプローチを提唱しています。この新基準は、母体年齢、胚発達段階、染色体異常の有無などの予後因子を統合した個別化医療の実践を可能にします。 

ただ、論文とするときにESHREの累積着床予測確率60%を超える場合をRIFとする定義を用いるとなかなかまとめ方がむずかしいところですね。今後、どのような報告が標準的になっていくのか興味深いところです。 
累積着床予測確率のポイントして、生化学的妊娠でも「着床」とカウント(beta hCGの検出が着床の指標)、胎嚢確認は必要なし、というのが新しいところです。

文責:川井清考(WFC group CEO)

お子さんを望んで妊活をされているご夫婦のためのコラムです。妊娠・タイミング法・人工授精・体外受精・顕微授精などに関して、当院の成績と論文を参考に掲載しています。内容が難しい部分もありますが、どうぞご容赦ください。当コラム内のテキスト、画像、グラフなどの無断転載・無断使用はご遠慮ください。

# 反復着床不全(RIF)

# エビデンス評価

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