体外受精

2020.08.24

精液所見に異常がないICSIの適応は?(ASRMの専門家委員会の推奨: Fertil Steril. 2020)

はじめに

ICSIは1991年に男性因子不妊や前周期での受精障害を改善する目的で導入された手技です。米国では1996年に36.4%であったICSI実施率が、2012年には76.2%まで増加し、特に男性因子のない症例での使用が15.4%から66.9%へと大きく増加しています。一方で、男性因子のない症例におけるICSIの使用拡大が出生率の向上に寄与しているかは明らかではありません。今回、ASRM/SART合同実施委員会が2012年版を更新し、男性因子を伴わない各種適応におけるICSIの有用性を文献的に再評価したコミッティ・オピニオンをご紹介いたします。 

ポイント

男性因子のない不妊症に対するルーチンICSI使用は出生率の改善を示す根拠が乏しく、PGT(単一遺伝子疾患)と凍結卵子使用時を除き推奨されません。 

引用文献

Practice Committees of the American Society for Reproductive Medicine and the Society for Assisted Reproductive Technology. Fertil Steril. 2020 Aug;114(2):239-245. doi: 10.1016/j.fertnstert.2020.05.032. 

論文内容

ASRMおよびSARTの実施委員会による合同コミッティ・オピニオンであり、男性因子を伴わない症例におけるICSI適応について、利用可能な文献を批判的に検討したものです。WHO 2010基準を満たす精液所見の症例に対して、ICSIが有益となる状況・ならない状況を整理することを目的としています。米国CDCのデータでは、2016年の新鮮非ドナー周期において、男性因子診断例でのICSI使用率は87~94%、男性因子のない症例でも68~72%に達しています。2018年に報告されたコホート研究では、35歳未満の症例でICSI使用増加と男性因子診断の増加に相関は認められず、研究期間(2000~2014年)における周期あたり出生率の上昇もわずかであり、男性因子のない症例におけるICSI使用拡大が出生率改善に寄与していないことが示唆されました。 

結果

原因不明不妊に対するICSIに関するメタアナリシスでは、ICSI受精卵子は媒精と比較して受精率がほぼ30%高く(RR 1.27; 95% CI, 1.02–1.58)、受精障害は媒精で8倍以上多く認められました(RR 8.22; 95% CI, 4.44–15.23)。ただし媒精群の受精障害率が21.5%(194/901)と一般集団より高い点が懸念されます。原因不明不妊60例を媒精とICSIに無作為化したRCTでは、受精率(77.2% vs. 82.4%)、着床率(38.2% vs. 44.4%)、臨床妊娠率(両群50%)、出生率(46.7% vs. 50%)に有意差は認められませんでした。原因不明不妊100例を対象とした別のRCTでも妊娠率に差はありませんでした(IVF 32% vs. ICSI 38%; RR 0.83; 95% CI, 0.48–1.45)。質の悪い卵子へのICSIに関しては2019年6月時点で出生率を検討した報告は存在しません。卵子数が少ない症例(6個以下)96例のRCTでは、受精率(77.7% vs. 70.2%)、受精障害(11.5% vs. 11.5%)、平均胚数(2.5 vs. 2.2)、臨床妊娠率(17.3% vs. 21.1%)、流産率(33.3% vs. 36.4%)のいずれにも差はありませんでした。SART-CORSレジストリ(2004~2011年)解析では、卵巣予備能低下例においてICSI群の出生率がむしろ低く(20.4% vs. 21.9%、P=.002)絶対値で1.5%低下していました。母体高年齢例においても、媒精とICSIで受精率(64% vs. 67%)、臨床妊娠率(21.1% vs. 16.7%)、出生率(11.9% vs. 9.6%)に差は認められませんでした。前周期で受精障害を起こした症例の姉妹卵子を用いた前向き研究では、媒精では109個中12個(11%)、ICSIでは162個中78個(48%)が受精し、ICSIによる受精率改善が示されました。男性因子のない415カップルを対象とした多施設RCTでは、卵子あたり受精率は媒精のほうが高く(58% vs. 47%、P<.0001)、受精障害は媒精206個中11個(5%)、ICSI 209個中4個(2%)で、ICSIによる受精障害1例予防に必要な治療数(NNT)は33でした。臨床妊娠率にも差はありませんでした(33% vs. 26%; RR 1.27; 95% CI, 0.95–1.72)。PGTについては、次世代シークエンサー普及により精子混入の影響は軽減されており、媒精とICSIで異数性率や正倍数性率に差はみられていません。IVM卵子ではICSIにより受精率は向上する一方(69.3% vs. 37.7%)、着床率(24.2% vs. 14.8%、P<.05)と移植あたり臨床妊娠率(34.5% vs. 20.0%、P<.05)はむしろ媒精のほうが高い結果が示されています。凍結卵子については、卵丘細胞除去後の透明帯変化のためICSIが推奨されていますが、媒精との比較データは限られています。安全性については、308,000例以上の出生を含む大規模コホート研究で、IVF全体での先天奇形リスクのORは1.24 (95% CI, 1.09–1.41)、ICSI併用例では1.57 (95% CI, 1.30–1.90)と報告されています。 

私見

本コミッティ・オピニオンは、男性因子のない症例に対するICSIのルーチン使用が出生率改善に寄与しないこと、受精障害1例予防のために30例以上の不要なICSIが必要となること、そしてIVF全症例ICSI化に対する明確な警鐘を示した内容です。
安全性については、IVF後の先天奇形リスク上昇が報告されており、特にICSI併用例ではORが1.57と高い傾向にあります(Davies MJ, et al. N Engl J Med. 2012)。ただしこの研究には精液異常を伴う男性も含まれており、男性因子による染色体異常の影響を完全に除外できない点に留意が必要です。 

文責:川井清考(WFC group CEO)

お子さんを望んで妊活をされているご夫婦のためのコラムです。妊娠・タイミング法・人工授精・体外受精・顕微授精などに関して、当院の成績と論文を参考に掲載しています。内容が難しい部分もありますが、どうぞご容赦ください。当コラム内のテキスト、画像、グラフなどの無断転載・無断使用はご遠慮ください。

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川井 清考

WFCグループCEO・亀田IVFクリニック幕張院長。生殖医療専門医・不育症認定医。2019年より妊活コラムを通じ、最新の知見とエビデンスに基づく情報を多角的に発信している。

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