
はじめに
妊娠初期において、胎児と胎盤の発育は主に母体の甲状腺ホルモン濃度に依存しています。母体の潜在性甲状腺機能低下症(SCH)や甲状腺自己免疫(特にTPOAb陽性)は、妊娠予後や児の健全な発育に悪影響を及ぼす可能性があることが、さまざまな研究により示されています。これまで複数のメタアナリシスがレボチロキシン(LT4)の妊娠予後への影響を検討してきましたが、定量的な信頼性評価は不十分でした。甲状腺機能障害を有する妊婦において、レボチロキシン治療が妊娠有害事象を軽減するかを検討したアンブレラレビューをご紹介いたします。
ポイント
甲状腺機能障害妊婦に対するLT4治療は、流産、早産、妊娠高血圧症候群リスクを減少させますが、出生率、常位胎盤早期剥離、妊娠糖尿病への影響は認められませんでした。
引用文献
Wang J, et al. Human Reproduction Open. 2025;2025(3):hoaf036. doi: 10.1093/hropen/hoaf036.
論文内容
甲状腺機能障害(SCHやTPOAb陽性)を有する妊婦において、LT4治療が妊娠有害事象を軽減するかを検討したアンブレラレビューです。PubMed、Embase、Web of Science、Cochrane系統的レビューデータベースを用いて2025年3月20日まで検索を行いました。潜在性甲状腺機能低下症(SCH)または甲状腺ペルオキシダーゼ抗体(TPOAb)陽性の女性におけるLT4の妊娠予後への効果を評価したランダム化比較試験のシステマティックレビューまたはメタアナリシスを対象としました。
6妊娠予後(流産、早産、出生、常位胎盤早期剥離、妊娠高血圧症候群、妊娠糖尿病)における24関連について解析しました(流産(9関連)、早産(10関連)、出生率(2関連)、常位胎盤早期剥離(1関連)、妊娠高血圧症候群(1関連)、妊娠糖尿病(1関連))。方法論的品質はAMSTAR 1を用いて評価し、エビデンスの質はGRADEを用いて等級付けしました。
結果
11メタアナリシスが包含されました。高品質のエビデンスにより、LT4治療は流産(RR = 0.43; クラスIII エビデンス)、早産(RR = 0.56; クラスIII エビデンス)、妊娠高血圧症候群(RR = 0.63; クラスIV エビデンス)のリスクを軽減することが示されました。中~低品質のエビデンスでは、出生率、常位胎盤早期剥離、妊娠糖尿病への有意な影響は認められませんでした。24関連性のうち、22がAMSTAR 1に基づき高信頼度、2が中信頼度(共に臨床流産)と評価されました。
感度解析によりrobustness(頑健性)が確認されましたが、治療効果は研究対象集団、治療時期、方法により異なりました。流産と早産の予後において、LT4治療を妊娠初期に開始した場合にのみリスクが有意に減少しました(流産:RR = 0.60, P = 0.03; RR = 0.59, P = 0.003; 早産:RR = 0.58, P < 0.0001; RR = 0.46, P < 0.00001)。さらに、TSH値が4.0 mU/l以上の女性では、TSH値が2.5-4.0 mU/lの女性と比較してLT4治療からより大きな改善が認められました。
私見
今回のアンブレラレビューは、甲状腺機能障害(SCHやTPOAb陽性)を有する妊婦に対するLT4治療の有効性について包括的なエビデンスを提供しています。
TSH値による層別化解析では、TSH > 4.0 mU/lの女性群でより顕著な治療効果が認められており、これは既存のガイドラインにおける治療閾値の妥当性を支持するものです。一方で、TSH 2.5-4.0 mU/lの軽度上昇群では治療効果が限定的であり、過剰治療のリスクを考慮した慎重な適応判断が必要と考えられます。
興味深いことに、妊活コラム(https://wfc-mom.jp/blog/?post_type=blog&s=甲状腺)でも紹介したDunbar et al.(Human Reproduction. 2025)が指摘するように、甲状腺機能検査の適応について各学会間で見解が分かれているのが現状です。英国BTAや米国ATA、欧州ETAは不妊治療前のスクリーニングを推奨している一方で、NICEやASRMガイドラインは日常的検査を推奨していません。この論争の背景には、TSH正常値上限の定義が施設間で異なること(2.5-4.5 mIU/l)、SCHの診断基準の不統一、治療効果に関するエビデンスの解釈の相違があります。
不妊患者における甲状腺機能異常有病率は、SCHが5-7%、顕性甲状腺機能低下症が2-4.5%、甲状腺自己免疫が5-10%とされています。
文責:川井清考(WFC group CEO)
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