
はじめに
体外受精で得られた胚の中には、形の上では良好に見えても、染色体の数が異常(異数性)である胚が少なくありません。こうした胚は着床しても発育が止まりやすく、流産の原因になることが知られています。PGT-A(Preimplantation Genetic Testing for Aneuploidy:着床前胚染色体異数性検査)は、胚の一部の細胞を取り出して染色体の数を調べ、正常な(正倍数性)胚のみを選んで移植する方法です。目的は「出生率の向上と流産率の低下」であり、胎児の選別や性別の選定を目的とするものではない点が重要です。検査には胚生検という侵襲的な操作が必要で、費用も高額です。したがって、すべての体外受精症例に一律で行うことは、国際的にも推奨されていません。
日本産科婦人科学会の細則改訂(2025年9月)で、PGT-Aの対象が1)反復着床不成功(複数回の移植で妊娠が成立しない)、2)反復流死産、から3)「女性が高年齢不妊症の夫婦(目安として35歳以上)」が追加されました。
これは、近年の国際的な大規模研究により、PGT-Aの有効性が「年齢によって異なる」ことが明確になったためです。若年層ではPGT-Aを行っても出生率の向上がみられず、むしろ不必要な胚損失の可能性がある一方、高年齢層では染色体異常胚が増えるため、PGT-Aによって効率的に正常胚を選択できることが示されています。
当院でも保険診療外になりますが、女性が高年齢不妊症夫婦のPGT-Aを行っています。
ポイント
PGT-Aは35歳以上の高年齢層で特に有効とされ、2025年9月の日本産科婦人科学会細則改訂により新たに適応が追加されました。出生率向上と流産率低下が期待できますが、費用と侵襲性を考慮し慎重に適応を判断する必要があります。
引用文献
1. Cornelisse S, et al. Cochrane Database Syst Rev. 2020;CD005291.
2. Kasaven LS, et al. J Assist Reprod Genet. 2023;40:2297–2316.
3. Harris BS, et al. Fertil Steril. 2025;123:428–38.
4. Rubio C, et al. Fertil Steril. 2017;107:1122–1129.
5. Taskin O, et al. Int J Fertil Steril. 2024;18:185–194.
論文内容
1. 国際ガイドラインの立場
欧州生殖医学会(ESHRE)や米国生殖医学会(ASRM)も、PGT-Aの位置づけについて慎重な見解を示しています。
ESHREのGood Practice Recommendationsでは、PGT-Aは「すべての症例に適応するものではなく、反復流産や高年齢など、特定の条件で選択的に考慮すべき補助的手段」としています。
ASRMの2020年委員会報告でも、モザイク胚(正常と異常の細胞が混在する胚)の扱いを含め、「PGT-Aは有用なツールだが、過剰適用は避けるべき」との見解が示されています。
2. メタアナリシス・大規模研究から見たPGT-Aの効果
5つの主要な報告をご紹介いたします。
(1)総合的な有効性:コクラン・レビュー(2020)
PGT-A導入初期の研究をまとめたCochraneレビューでは、PGT-Aが出生率を上げる明確な証拠はないと結論づけられました。2020年時点では「ルーチンで行うにはエビデンス不足」とされていました。ただ、このときの検査法はFISHなどが入っており、検査制度の問題もありました。
(2)2023年メタアナリシス(Kasavenら, J Assist Reprod Genet. 2023)
CCSを用いた研究を対象にしたKasavenらの6件のRCTと10件のコホート研究を統合した新しいメタアナリシスでは結果が一変します。
胚移植あたりの出生率・継続妊娠率:PGT-A群が有意に上昇(RR 1.09, 95%CI 1.02–1.16)
流産率:PGT-A群が有意に低下(RR 0.73, 95%CI 0.56–0.96)
つまり、PGT-Aを行うことで「1回の移植あたりの効率」が高まり、妊娠までの時間を短縮できる可能性が示されました。
(3)年齢別解析:米国データベース研究(Harrisら, Fertil Steril. 2025)
米国SARTデータ(約5.6万採卵周期)を解析した研究では、PGT-Aの効果が明確に年齢依存していました。
<35歳:出生率はむしろわずかに低下(RR 0.96)
35–37歳:出生率が有意に上昇(RR 1.04)
38–40歳:出生率がさらに上昇(RR 1.14)
35歳以上では流産率も有意に低下
このことから、PGT-Aの恩恵は高年齢層に集中していることが示されています。
(4)高年齢女性を対象としたRCT:Rubioら(Fertil Steril. 2017)
38〜41歳を対象としたランダム化比較試験では、PGT-A群の方が①流産率:2.7% vs. 39.0%(大幅低下)、②移植あたりの出生率:52.9% vs. 24.2%(有意上昇)、③妊娠成立までの期間:7.7週 vs. 14.9週(短縮)と報告され、臨床的メリットが確認されました。
(5)メタアナリシスの統合的見解
2024年のシステマティックレビュー(Taskinら, Int J Fertil Steril. 2024)も含めると、次のような傾向が見えてきます:
- 若年層ではPGT-Aによる出生率改善はみられず、むしろ無効または有害の可能性
- 35歳以上では、出生率の上昇と流産率の低下が一貫して報告
- 高年齢層では、効率的に正倍数性胚を選ぶことで、治療期間を短縮できる
私見
当院でも35歳以上女性の保険診療外での着床前検査前提の卵巣刺激、採卵、胚移植を実施しています。ただし、保険診療と混合診療はできないのでご了承ください。
PGT-Aは、あくまで「正しい胚を早く見つけるためのツール:移植あたりの出生率を高めるための補助的手段」であり、万能ではありません。
胚生検に伴うリスク(胚への微細損傷、モザイク検出の限界)、保険診療外であり検査費用が高額であること、正倍数性胚を移植しても出生率は60%前後であることなどを十分に理解し、医師と相談したうえで判断することが重要です。
文責:川井清考(WFC group CEO)
お子さんを望んで妊活をされているご夫婦のためのコラムです。妊娠・タイミング法・人工授精・体外受精・顕微授精などに関して、当院の成績と論文を参考に掲載しています。内容が難しい部分もありますが、どうぞご容赦ください。当コラム内のテキスト、画像、グラフなどの無断転載・無断使用はご遠慮ください。