治療予後・その他

2021.04.12

不妊治療とがんの関係

はじめに

「不妊治療は、乳がん、卵巣がん、子宮内膜がん、子宮頸がんの発生率を有意に増加させるか?」について、過去の報告をまとめたメタアナリシスです。
不妊症で7組に1組のカップルが悩みを抱え、不妊症治療の需要が増加しています。不妊治療を受けて生児を授かる患者が増える一方、治療を受ける際に胎児への影響や自身の身体への影響が気になる方も多いのではないでしょうか。
不妊症で悩む女性自身、卵巣がん、乳がん、子宮内膜がんを含む悪性腫瘍の危険因子であるといわれています(Hansonら. 2017)。不妊治療を受けることによってリスクはどうなるのでしょうか。

ポイント

不妊治療は乳がん、卵巣がん、子宮内膜がんの発生率を有意に増加させず、子宮頸がんの発生率を低下させる可能性があります。ただし、体外受精やクロミフェン治療と卵巣がん発生率の増加との関連性についてはさらなる研究が必要です。

引用文献

Jennifer Frances Barcroft, et al. Hum Reprod. 2021. DOI: 10.1093/humrep/deaa293.

論文内容

2019年12月までのCochrane Library、EMBASE、Medline、Google Scholarを用いて文献検索を行いました。不妊治療群と非不妊治療群のがん罹患率(乳がん、卵巣がん、子宮内膜がん、子宮頸がん)を調べた128件の研究のうち、29件のレトロスペクティブ研究が基準を満たしました(n = 210,337)。
最終的なメタアナリシスでは、乳房(n=19)、卵巣(n=19)、子宮内膜(n=15)、子宮頸部(n=13)の29件の研究が含まれました。主要評価項目は、不妊治療群と非不妊治療群におけるがん(乳がん、卵巣がん、子宮内膜がん、子宮頸がん)の発生率、副次的評価項目は、特定の排卵誘発剤への曝露に応じたがんの発生率としました。
治療効果を示すためにオッズ比(OR)を、プールされた治療効果を計算するためにランダム効果モデルを、それぞれ使用しました。母体年齢、不妊症、研究規模、不妊治療の種類、がん罹患率に与える影響を評価するために、メタ回帰分析と8つのサブグループ分析を行いました。

結果

子宮頸がんの発生率(OR 0.68、95%CI 0.46-0.99)は、不妊治療群では不妊治療なしの群に比べて有意に低くなりました。乳がん(OR 0.86、95%CI 0.73-1.01)および子宮内膜がん(OR 1.28、95%CI 0.92-1.79)の発生率は、不妊治療群と非不妊治療群の間に有意な差は認められませんでした。
卵巣がん全体の発生率(OR 1.19、95%CI 0.98-1.46)は、不妊治療群と非不妊治療群との間に有意な差はありませんでしたが、境界型卵巣腫瘍(BOT)の別の分析では、有意な関連性を認めました(OR 1.69、95%CI 1.27-2.25)。
さらにサブグループ解析を行ったところ、卵巣がんの発生率は、非不妊治療群と比較して、体外受精群(OR 1.32、95%CI 1.03-1.69)およびクエン酸クロミフェン(CC)治療群(OR 1.40、95%CI 1.10-1.77)でそれぞれ有意に高いことが示されました。
逆に、乳がん(OR 0.75、95%CI 0.61-0.92)および子宮頸がん(OR 0.58、95%CI 0.38-0.89)の発生率は、非不妊治療群と比較して、体外受精治療サブグループで有意に低い結果となりました。
全体的に見て、不妊治療は乳がん、卵巣がん、子宮内膜がんの発生率を有意に増加させず、子宮頸がんの発生率を低下させる可能性もあります。

私見

乳がん、卵巣がん、子宮内膜がん、子宮頸がんに関する結果は、これまでに発表された個々のがんに関するメタアナリシスと同様に安心できるものでしたが、体外受精やクエン酸クロミフェン(CC)治療と卵巣がん発生率の増加との関連性については、この関連性をもたらす潜在的なメカニズムを理解するためにさらなる研究が必要と考えられます。
障害リスクはCancer Research UK, 2018を参考にしています。
乳がんは、生涯リスクは7名に1名、子宮内膜がんは36名に1名とされています。
子宮内膜がんと乳がんはともにホルモン感受性の高いがんであり、その発生率は、肥満、HRT使用、PCOS、早発月経、遅発閉経などのエストロゲン優位の状態と関連しています(Sasoら、2011、Hamajimaら、2012)。BRCA1/2およびHNPCC遺伝子の保有者は、卵巣がん、乳がん、子宮内膜がんのリスクが高くなります(Kurman and Shih, 2010)。
卵巣刺激に伴う生理範囲内を超えるエストラジオール環境は、乳がんや子宮内膜がんのリスクになるのではないかと考えられています。
卵巣がんの生涯発症率は50名に1名です。不妊治療は、卵巣の「過剰」刺激と「多胞性」排卵に関連していますので卵巣がんのリスクとなると考えられています(Tungら、2005、Mandaiら、2007、Kurman and Shih、2010)。また、子宮内膜症やBRCA1/2キャリアの女性は、卵巣がんのリスクが高くなります(Titus-Ernstoffら、2001)。
子宮頸がんは、生涯発生率が142名に1名です。子宮頸がんの発症は、ヒトパピローマウイルスへの曝露の程度に関係します。危険因子としては、初回性交時の若年齢、性的パートナーの数、喫煙、免疫不全状態などが挙げられます。子宮頸がんの発症にホルモンが関係しているとは考えられていません。
上記のことから「不妊治療は、乳がん、卵巣がん、子宮内膜がん、子宮頸がんの発生率を有意に増加させるか?」を検討していましたが、全体的に見て、不妊治療は乳がん、卵巣がん、子宮内膜がんの発生率を有意に増加させず、子宮頸がんの発生率を低下させる可能性もあります。クエン酸クロミフェン(CC)で上昇しているのは、CCを使うようなPCOSのような病態が影響するのではないかと考えられていますし、子宮頸がんは不妊治療が頸がんリスクを下げるわけではなく、まめにチェックされる環境であったり、社会的背景が影響を与えている可能性があります。

文責:川井清考(WFC group CEO)

お子さんを望んで妊活をされているご夫婦のためのコラムです。妊娠・タイミング法・人工授精・体外受精・顕微授精などに関して、当院の成績と論文を参考に掲載しています。内容が難しい部分もありますが、どうぞご容赦ください。当コラム内のテキスト、画像、グラフなどの無断転載・無断使用はご遠慮ください。

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WFC group CEO

川井 清考

WFCグループCEO・亀田IVFクリニック幕張院長。生殖医療専門医・不育症認定医。2019年より妊活コラムを通じ、最新の知見とエビデンスに基づく情報を多角的に発信している。

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