はじめに
低分子ヘパリンの胚移植時の着床率改善の使用については、①全症例でのルーチン使用にメリットはない、②凝固因子異常がない反復着床不全患者での使用は懐疑的、③凝固因子異常ある反復着床不全患者には使用を検討する、で議論するのが正しいかと思いますが、現段階では着床不全に対する低分子ヘパリン投与に対して肯定派といいきれる方向性はありません。
ポイント
低分子ヘパリンの着床不全への使用は議論が分かれており、全症例でのルーチン使用にメリットはありません。凝固因子異常のない反復着床不全患者での効果は懐疑的ですが、凝固因子異常を有する反復着床不全患者には使用を検討する価値があります。現段階では肯定的な結論は得られていません。
まとめ
① 2015年の総説
Muhammad Ahsan Akhtar, et al. Fertil Steril. 2015. DOI: 10.1016/j.fertnstert.2014.09.005
Cochrane review 2015をまとめた報告です。3つのRCT(386名の女性)を対象としました。1つの研究では、血液凝固障害のない初めての体外受精を行う女性を対象とし、1つの研究では少なくとも1つの血液凝固障害を持つ女性を対象とし、3つ目の研究では、2回以上の反復着床不全女性を対象としました。
Fixed effectモデルを用いたところ、着床前後のヘパリン投与は、プラセボまたはヘパリンを投与しない場合と比較して、出生率および妊娠率の改善と関連する可能性が示唆されましたが、出生率という結果については高い不均質性が認められました(I2 = 51%)。ランダム効果モデルを用いたところ、出生率(OR、1.85;95%CI、0.80-4.24、3件の研究、386名の女性、I2=51%、非常に低い質のエビデンス)または臨床妊娠(OR、1.66;95%CI、0.94-2.90、3件の研究、386名の女性、I2=29%、低い質のエビデンス)のいずれにおいても差は認めませんでした。
② 2013年の総説
otdar N, et al. Hum Reprod Update. 2013. DOI:10.1093/humupd/dmt032
反復着床不全に対するヘパリンの有用性を検討したReviewです。2件の無作為化対照試験と1件の準無作為化試験が基準を満たしました。1つの研究(Qublan et al. Hum Reprod. 2006)は少なくとも1つの血栓症を持つ女性を対象とし、2つの研究(Urman et al. HumReprod. 2009; Berker et al. Fertil Steril. 2011)は原因不明の反復着床不全の女性を対象としました。
3回以上の反復着床不全女性(N=245)のプールされたリスク比は、ヘパリン投与により、対照群と比較して出生率(RR=1.79、95%CI=1.10-2.90、P=0.02)が有意に改善し、流産率(RR=0.22、95%CI=0.06-0.78、P=0.02)が減少したことを示しました。着床率に関してはヘパリンにより改善傾向にありましたが、統計的に有意ではありませんでした(RR=1.73、95%CI=0.98-3.03、P=0.06)。原因不明の反復着床不全を対象とした研究ではヘパリン投与による有益性は認められませんでした。ヘパリン治療では反復着床不全女性から1名の生児を増やすために約8名の女性が治療を必要とすることが示されました。
3回以上の反復着床不全を有する女性において、補助的なヘパリンの使用は、対照群と比較して出生率を79%有意に改善しますが、研究の全体的な参加者数が少なかったため、慎重に考慮する必要があります。
私見
この二つの論文は評価する論文が3本ずつで1本だけ違う論文を入れて結論が異なっています。ただ、(その1)の論文の方が新しい論文を引用し検索時期も広げて検証されています。着床期前後のヘパリン投与について議論する時に、この2本の論文を引用して一方は意味がないと主張し、一方は意味がある可能性を主張するという、まだまだ結論が出ていない分野であることは確かです。
その1の引用論文の生児出産率のランダム効果モデルの結果
| subgroup | ヘパリン | コントロール | Odds ratio M-H,random, 95% CI |
|---|---|---|---|
| Noci 2011 | 15/73 | 13/80 | 1.33[0.59, 3.03] |
| Qublan 2008 | 10/42 | 1/41 | 12.5[1.52, 102.85] |
| Urman 2009 | 26/75 | 20/75 | 1.46[0.73, 2.93] |
| total | 1.85[0.80, 4.24] |
その2の引用論文の生児出産率の固定効果モデルの結果
| subgroup | ヘパリン | コントロール | Odds ratio M-H,Fixed, 95% CI |
|---|---|---|---|
| Berker 2011 | 15/48 | 10/43 | 1.34[0.68, 2.67] |
| Qublan 2008 | 10/42 | 1/41 | 9.76[1.31, 72.86] |
| Urman 2009 | 26/75 | 20/75 | 1.38[0.64, 2.96] |
| total | 1.79[1.10, 2.90] |
文責:川井清考(WFC group CEO)
お子さんを望んで妊活をされているご夫婦のためのコラムです。妊娠・タイミング法・人工授精・体外受精・顕微授精などに関して、当院の成績と論文を参考に掲載しています。内容が難しい部分もありますが、どうぞご容赦ください。当コラム内のテキスト、画像、グラフなどの無断転載・無断使用はご遠慮ください。