はじめに
ヒアルロン酸(ヒアルロナン)は生物学的に活性な分子で、卵子-卵丘複合体を取り巻く細胞外マトリックスの主要成分です。3つの無作為化試験を含むいくつかの小規模臨床研究では、ヒアルロナンで選別した精子を用いたICSI(PICSI)は、一般的なICSIに比べて胚品質と着床率が向上し、流産率が減少したと報告されています。2019年にLancetに報告された無作為化試験をご紹介いたします。
ポイント
多施設共同無作為化試験において、PICSIは標準的なICSIと比較して出生率に差はありませんでしたが、流産率を有意に低下させることが示されました(4.3% vs 7.0%、p=0.003)。
引用文献
David Miller, et al. Lancet. 2019. DOI: 10.1016/S0140-6736(18)32989-1
論文内容
イギリスの16の不妊施設で体外受精治療(ICSIを実施し新鮮胚移植)を行ったカップルを対象とした2群間無作為化試験です。対象は2014年2月1日から2016年8月31日の間に18-43歳の女性、BMI 19-35、FSH 3.0-20.0mIU/mL、FSH測定ができない場合は、AMH濃度1.5pmol/L以上としました。リクルート24ヶ月前に精索静脈瘤手術を実施しておらず、がんの治療を受けておらず、禁欲期間3日間以上の射精にてICSIを実施した18-55歳の男性としました。PICSI(n=1387:33.6歳 BMI 24.7)または一般的なICSI(n=1385:33.7歳 BMI 24.4)のいずれかを受けるよう無作為に割り付けられました(1:1)。評価項目は妊娠37週以上の出生率、継続妊娠率、流産率、早産率としました。
結果
PICSI群(27.4%[379/1381])と一般的なICSI群(25.2%[346/1371])で出生率に有意差はありませんでした(オッズ比1.12、95%CI 0.95-1.34; p=0.18)。先天性異常はPICSI群31名、一般的なICSI群25名の56名で、治療に関係するものではありませんでした。
私見
この多施設共同臨床試験において、PICSIは一般的なICSIと比較して、着床率・臨床妊娠・早産・出生率のいずれにおいても差は認めませんでしたが、PICSIは流産を低下させることが確認できました。
この症例は精液所見が悪くない患者様に実施しておりますので、ここが一つのピットフォールだと考えています。
| PICSI | 標準的なICSI | |
| 精液量(mL) | 2.9 (1.4; n=1338) | 3.0 (1.5; n=1332) |
| 濃度 (×1000万/ mL) | 14.7 (4.0–35.0; n=1236) | 16.0 (5.0–36.4; n=1223) |
| 前進運動率(%) | 39.5 (20.1; n=1216) | 40.8 (20.3; n=1198) |
| ヒアルロニナン結合スコア | ||
| <25% | 86/963 (9%) | 74/947 (8%) |
| 26-65% | 188/963 (20%) | 181/947 (19%) |
| >65% | 689/963 (72%) | 692/947 (73%) |
| PICSI | 標準的なICSI | 差(95% CI) | オッズ比(95% CI) | p値 | |
| 生児出産率 | 27.4% (379/1381) | 25.2% (346/1371) | 2.2% (–1.1 – 5.5) | 1.12 (0.95 – 1.34) | 0.18 |
| 補正後生児出産率 | 27.5% (379/1379) | 25.3% (346/1370) | 2.2% (–1.1 – 5.5) | 1.13 (0.95 – 1.34) | 0.17 |
| 臨床妊娠率 | 35.2% (487/1382) | 35.7% (491/1375) | –0.5% (–4.0 – 3.1) | 0.98 (0.84 – 1.15) | 0.8 |
| 流産率 | 4.3% (60/1381) | 7.0% (96/1371) | –2.7% (–4.4 – –0.9) | 0.61 (0.43 – 0.84) | 0.003 |
| 早産率 | 3.3% (46/1381) | 3.3% (45/1371) | 0.0% (–1.3 – 1.4) | 1.02 (0.67 – 1.55) | 0.94 |
| 受精率 | 66% (24.0) | 69% (24.0) | 3.0% (–0.47 – 6.5) | 1.15 (0.98 – 1.34) | 0.09 |
| 生化学妊娠 | 39.5% (546/1383) | 39.5% (544/1377) | 0.0% (–4.0 – 4.0) | 1.00 (0.86 – 1.17) | 0.99 |
補正後はヒアルロナン結合スコア、女性年齢、以前の流産率、卵巣予備能を調整したものです。
文責:川井清考(WFC group CEO)
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