はじめに
体外受精の新鮮胚移植時にはプロゲステロンによる黄体補充の有効性が証明されています。しかし、人工授精・タイミング法での黄体補充の有効性には賛否両論があります。
体外受精と異なり、人工授精・タイミング法では卵胞内の顆粒膜細胞を吸引するような操作がない点、エストロゲン濃度を体外受精同様の高い状態にしないため下垂体抑制がない点を考慮すると、黄体機能不全が事前にわかっている症例以外は黄体補充が不要かもしれません。過去の11RCTを検討したメタアナリシスでも、卵巣刺激・人工授精後の黄体補充は妊娠率に影響を与えなかったと報告されています。
一方、多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)症例やクロミッド治療不成功でのレトロゾール卵巣刺激時の黄体補充が妊娠率改善に有効だったという報告もあり、症例によって異なる可能性があります。
ポイント
腟内プロゲステロン製剤による黄体補充は、レトロゾールを用いた卵巣刺激周期における人工授精・タイミング法の妊娠率を改善することはなさそうです。ただし、PCOS症例やクロミッド治療不成功でのレトロゾール卵巣刺激時に黄体補充が妊娠率改善に寄与した報告もあり、症例ごとに検討することが現段階では妥当と考えられます。
引用文献
Elizabeth Dilday, et al. Reprod Biomed Online. 2022. DOI:10.1016/j.rbmo.2022.09.012
論文内容
2018年1月から2021年10月までに人工授精もしくはタイミング法でレトロゾールによる卵巣刺激を受けた患者を対象としたレトロスペクティブコホート研究です。主要評価項目は臨床妊娠率で、プロゲステロンサポートがあるかないかで比較検討しました。単変量ロジスティック回帰のほか、女性年齢、BMI、AMH、排卵障害、複数発育卵胞があったかどうかなどを含む多変量解析も実施されました。
結果
273名、492周期のレトロゾール卵巣刺激周期が対象となりました。これらの周期のうち、387周期(78.7%)が黄体サポートに膣内プロゲステロン製剤を使用し、105周期(21.3%)は使用していませんでした。1周期あたりの臨床妊娠率はプロゲステロン使用時11.6%(45/387)、プロゲステロン未使用時13.3%(14/105)でした(P=0.645)。
女性年齢、BMI、AMH、排卵障害、複数発育卵胞などの重要な共変量で調整した後、臨床妊娠のオッズは外因性プロゲステロンを用いた周期で有意に改善しませんでした(OR:1.15、95%CI:0.48-2.75、P=0.762)。
出生率は外因性プロゲステロン使用時に10.7%(41/384)、未使用時に12.5%(13/104)でした(P=0.599)。
私見
対象症例は35歳前後、BMI25前後、排卵障害が40~50%前後の女性です。14mm以上の複数発育卵胞があった症例が全体の45~52%を占めていました。
刺激方法はレトロゾール内服で、発育卵胞が20mmになった際にhCG10000単位もしくはオビドレル250μgを使用し、34~36時間後に排卵と判定しています。運動精子数500万以下の症例は除外されました。
当院では人工授精後に黄体補充を実施するかどうかを、患者様の病態、過去の不妊治療歴、当院の成績を踏まえて判断しています。
文責:川井清考(WFC group CEO)
お子さんを望んで妊活をされているご夫婦のためのコラムです。妊娠・タイミング法・人工授精・体外受精・顕微授精などに関して、当院の成績と論文を参考に掲載しています。内容が難しい部分もありますが、どうぞご容赦ください。当コラム内のテキスト、画像、グラフなどの無断転載・無断使用はご遠慮ください。