研究の紹介
参考文献
日本語タイトル
精子DNA断片化指数(DFI)の個人内変動が臨床的しきい値検出および誤分類率に及ぼす影響:14,775件のSCSA®検査に基づく後ろ向き解析
英語タイトル
Role of intra-individual variation in the detection of thresholds for DFI and for misclassification rates: A retrospective analysis of 14,775 SCSA® tests
Christensen P, 他. Andrology. 2025 Oct;13(7):1732-1744. doi: 10.1111/andr.13801. PMID: 39545580.
はじめに
精子DNA断片化指数(DFI:DNA Fragmentation Index)は、男性不妊における重要な指標の一つとして注目されています。自然妊娠や人工授精においては、DFIの上昇が妊娠率の低下と関連することが多くの研究で示されています。一方で、体外受精(IVF)や顕微授精(ICSI)における臨床的意義については報告により見解が分かれており、現在も議論が続いています。
また、同一個人内でのDFIの変動(個人内変動)は、しきい値の設定や検査結果の解釈に影響を及ぼす可能性があり、臨床的評価において重要な要素と考えられます。
本研究は、ヨーロッパの70施設で実施された計14,775件のSCSA®検査データを解析し、DFIのしきい値、個人内変動、および臨床成績との関連を検討した大規模な後ろ向き研究です。
当院ではDFI判定にSCSA®法を採用しておりませんが、本研究はSCSA®を用いた多施設データによる貴重な知見を提供しており、同法を利用している施設の皆様にとっても参考になる内容と考えられます。
研究のポイント
この研究では、ヨーロッパ70施設で実施された14,775件のSCSA®検査を解析し、DFIがIVFで15%以上、ICSIで25%以上になると妊娠率が有意に低下することを示しました。さらに、個人内変動(intra-individual variation)が大きいほど誤分類率と必要症例数が増加することが明らかになりました。
近年DFIは年間0.05%ずつ上昇しており、男性生殖能力の低下傾向が示唆されます。
研究の要旨
背景
精子DNA損傷は、自然妊娠および人工授精(IUI)における男性の妊孕能低下と関連していることが知られています。しかし、体外受精(IVF)や特に顕微授精(ICSI)治療における影響については、まだ明確ではありません。さらに、精子DNA断片化指数(DFI)の個人内変動に注目した研究は少なく、これはしきい値の検出や誤分類率において重要な役割を果たす可能性があります。
方法
2008年1月1日から2022年12月31日までの間に、ヨーロッパの70の不妊治療クリニックで実施されたSCSA®(Sperm Chromatin Structure Assay)検査の結果を解析しました。
小規模な後ろ向き研究では、初回のIVFまたはICSI治療を受けた406組のカップルを対象としました。これらの結果をもとに、個人内変動の影響を検討する数理シミュレーションを行いました。
また、大規模な後ろ向き研究として、合計14,138件の診断検査およびIUI研究の637件の検査を解析しました。IUI群、Sims IVFセンター、Fertility Center Hamburg(FCH)の各患者群におけるDFI分布を評価しました。さらに、季節、男性年齢、実施年ごとの記述的解析も行いました。
なお、基本的な治療方針は、DFIが 25未満の場合にはIUIまたはIVF治療、DFIが 25を超える場合にはICSI治療を推奨としました。
結果
DFIが15および25のしきい値を超えると、それぞれIVFおよびICSI治療後12週以降の継続妊娠率が有意に低下しました。
IVFでは妊娠率が45.1%から24.6%へと低下し、オッズ比は2.58(p=0.004)でした。ICSIでは妊娠率が48.6%から29.6%へと低下し、オッズ比は2.00(p=0.032)でした。個人内変動は、誤分類率およびしきい値を特定するために必要なサンプルサイズと有意に関連していました。
DFIが15未満であった患者の割合は、IUI群で64.8%、Sims IVF群で51.7%、FCH群で41.6%でした。これらの群の中央値DFIはそれぞれ11.6、15.0、17.2であり、有意な差が認められました。
また、DFIには季節的変動がみられ(5月が低く、9月から10月が高くなる)、男性の年齢とともに増加していました。過去15年間で、中央値DFIは年あたり0.05%ずつ上昇していました(p=0.02)。
考察および結論
DFIが15および25を超えると、それぞれIVFおよびICSI治療における継続妊娠率が有意に低下することが示されました。
個人内変動が大きいほど、誤分類率や必要なサンプルサイズが増加します。
DFIが15を超えるカップルでは、生殖補助医療(ART)による治療失敗のリスクが高くなる可能性があります。
さらに、DFIは過去15年間で上昇傾向を示していました。
| 治療法 | DFI区分* | 継続妊娠率 (12週時点) | 95%信頼区間 | オッズ比 (調整済) | P値 |
| IVF | DFI < 15 | 45.1% | 36.5–54.0% | 2.58 (1.36–5.04) | 0.004 |
| DFI 15–25 | 24.6% | 15.6–35.8% | |||
| ICSI | DFI < 25 | 48.6% | 39.3–58.2% | 2.00 (1.07–3.80) | 0.032 |
| DFI ≥ 25 | 29.6% | 20.0–40.8% |
*DFIが 25未満の場合にはIUIまたはIVF治療、DFIが 25を超える場合にはICSI治療が推奨されていました。
私見と解説
本研究では、SCSA®によって測定された精子DNA断片化指数(DFI)が、体外受精(IVF)および顕微授精(ICSI)の妊娠率に明確な影響を及ぼすことが示されています。具体的には、IVFではDFIが15%以上、ICSIでは25%以上になると妊娠率が有意に低下することが確認されており、軽度のDNA損傷であってもIVFの方が影響を受けやすい可能性が示唆されています。
さらに、個人内変動(intra-individual variation)が大きくなると、しきい値の検出精度が低下し、誤分類率が上昇することがシミュレーションによって示されています。誤分類率はIVFで最大17.6%、ICSIで12.5%に達し、検査の再現性と品質管理(quality control:QC)の重要性が強調されています。
また、14,000件以上のデータ解析の結果、DFIには季節変動と年齢依存性が認められており、特に50歳以降で上昇する傾向が見られています。加えて、過去15年間にわたりDFI中央値は年間0.05%ずつ上昇しており、男性生殖機能の経年的低下や環境要因の影響が示唆されています。
著者らは、精子DNA損傷の増加は不妊だけでなく、流産、早産、低出生体重児、さらには次世代の健康(発達障害やがんリスクなど)にも影響する可能性を指摘しています。そして、ここもとても重要な点ですが、SCSA®検査の臨床的信頼性を確保するためには、高精度な計測と厳格な品質管理(QC)の徹底が不可欠であると述べています。
いつもお伝えしていることですが、男性の生活習慣や健康状態が精液所見や精子DNAの安定性と深く関係していることから、男性の生殖機能評価は、不妊治療のためだけでなく将来の健康管理の観点からも積極的に実施すべきです。
文責:小宮顕(亀田総合病院 泌尿器科部長)
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