はじめに
胚移植時にダクチルⓇ(Piperidolate Hydrochloride)を使用するのは、なぜなのでしょうか。検索してきても納得いく結果に辿り着きません。私自身、生殖医療を開始した当初から論文を探しておりますが、納得できる文献は存在せず慣習的に使われてきた経緯がございます。では、なぜ使われるようになったかと振り返っていきたいと思います。
ポイント
胚移植時の子宮収縮抑制を目的にダクチルⓇが適応外使用されていますが、明確なエビデンスはありません。オキシトシン拮抗作用による子宮収縮抑制効果の理論から慣習的に使用されてきた経緯があります。
まとめ
胚移植時の子宮収縮は、体外受精の妊娠率に悪影響を及ぼすこと(Fanchinら. 1998、Zhuら. 2014)、胚移植時の良好な子宮内膜血流は、体外受精の妊娠率に良好な結果をもたらすこと(Kalmantisら. 2012、Wangら. 2018、Mishraら. 2016)が報告されています。これらからオキシトシン、バソプレシンV1A receptorに拮抗する薬剤を用いることで子宮収縮を減少させ、子宮内膜の血流を改善させ子宮の受容能を高めることができるという仮説が立てられています(Pierzynskiら. 2007、Pierzynskiら. 2011、Kalmantisら.2012)。
オキシトシンは、通常、視床下部で産生され下垂体後葉から放出されるホルモンですが、エストロゲンへの暴露により子宮内膜でも産生されることがわかっています(Steinwallら. 2004)。オキシトシンに拮抗させる作用は子宮収縮を減少させる効果があることから、不妊症患者の潜在的な治療対象として考えられたわけです。
実は、オキシトシンに拮抗する薬剤を胚移植に用いようという治験は海外では既に行われており、論文も多数出てきています。ただし、国内では2021年8月現在、治験薬は治療に使用することができず、同じ考えに基づいて慣習的に使われているのがダクチルⓇなのだと思います。
ダクチルⓇは平滑筋収縮緩和剤であり、産婦人科領域では「切迫流・早産における諸症状の改善」に用いられます。ラットを用いた実験では子宮平滑筋でのアセチルコリン、オキシトシン、バリウムイオンによる収縮を強く抑制することがわかっていますし、ヒトでも分娩後24〜48時間に子宮内バルーンを留置した場合のオキシトシンによる子宮収縮を抑制することがわかっています。
これらのことから子宮収縮抑制を目的に胚移植時に用いられることがあります。当薬剤は当然ながら適応外使用です。患者様に説明し子宮収縮が過剰にあることが想定される患者様には当院でも使用することを検討します。
内服の仕方も様々です。根拠がない以上、お勧めの投与量・日数は存在しません。ほとんどのクリニックの投与方法をみていると、移植2日前から当日にかけて内服を開始し着床する時期までの服用を指示しているようです。当薬剤の薬理動態を見てみると効果が早く半減期も短い(ラットの薬理動態として投与後30分で最高血中濃度に達し、半減期は約3時間)ことから上記のような使用方法になったのではないかと考えています。
私見
私個人としては、ダクチルⓇは一部症例には効果があるのではないかと考えています。それは現在進んでいるオキシトシン拮抗薬のノラシバンの治験論文(別途ブログで紹介)の結果からそう感じています。
文責:川井清考(WFC group CEO)
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