はじめに
体外受精の際、「私は何のために注射をうつのですか?」「何個卵子をとることを目標にすればいいのですか?」という質問を外来中に受けることがよくあります。
体外受精は妊娠効率をあげるための治療であり、治療効率をあげるために卵子数を増やすことは必要だと考えますが、結果として、①通院回数の増加、②費用負担の増加、③OHSSなどの体外受精合併症の増加などが患者様にとってネックになってくると思います。
ART Calculatorとはどのような考えで作成されたものなのか取り上げてみました。
ポイント
ART Calculatorは「胚移植のための少なくとも1個の正倍数性胚を達成するために必要な卵子数」という概念から開発された予測モデルであり、母体年齢・精子要因・採卵数を基に個別化された治療計画立案を支援する有用なツールである。
引用文献
Esteves SC, et al. Front Endocrinol (Lausanne). 2019. DOI: 10.3389/fendo.2019.00099.
論文内容
POSEIDON基準は「胚移植のための少なくとも1個の正倍数性胚を達成するために必要な卵子数」という考え方を導入しています。この考えを基に、2016年2月から2017年6月までブラジルの不妊治療センターに通う347名の女性の2520個の成熟卵子、882個の胚盤胞着床前検査から推測モデルを構築しました。女性平均年齢は38.9歳(95%信頼区間[CI]:32.4-42.4歳)でした。
患者1名当たりの平均回収成熟卵子数は6.3個(95%CI:1.0-12.0個)、患者1名当たりの平均TE生検可能胚盤胞数は2.1(95%CI:0.0~5.0)、患者あたりの平均正倍数性胚盤胞数は0.74(95%CI:0.0~2.0)でした。卵巣刺激は卵巣予備能に応じてGnRHアンタゴニスト法かクロミッドもしくはレトロゾールhMG法が選択されています。
結果
正倍数性胚盤胞の数をモデル化するためにadaptive LASSO(Least Absolute Shrinkage and Selection Operator)法を用いました。フィットしたモデルでは、女性年齢、顕微授精に使用した精子の情報、成熟卵子数が予測因子となりました(p < 0.0001)。
女性年齢は、最も重要な因子でした。モデルの予測能力はROC curveで評価され、曲線下面積は0.716でした。最終的には、「胚移植のための少なくとも1個の正倍数性胚を達成するために必要な成熟卵子数」「回収された成熟卵子数から予測される正倍数性胚盤胞数」を導くART calculatorを作成しました。体外受精の手順において、臨床カウンセリングや個別の治療計画を支援するための参考材料となります。
私見
PGT-Aが世界で行われるようになってから、体外受精不成功が以前より受精胚に依存する部分、着床に依存する部分が明確に分かれたと思っています。
不妊原因はひとつとは限りませんが、今までの妊娠既往や不妊治療の結果をみて、体外受精に進んだときに、①卵子・精子が出会っていなかったり、うまく受精していなかったのか、②卵子・精子の質に問題があるのか、③着床がうまくいっていないのか、と三点のどこに注力するかによって良い結果につながるのを患者と一緒に検証できると思っています。
文責:川井清考(WFC group CEO)
お子さんを望んで妊活をされているご夫婦のためのコラムです。妊娠・タイミング法・人工授精・体外受精・顕微授精などに関して、当院の成績と論文を参考に掲載しています。内容が難しい部分もありますが、どうぞご容赦ください。当コラム内のテキスト、画像、グラフなどの無断転載・無断使用はご遠慮ください。