
はじめに
妊娠中の母体栄養代謝は一連の連続的生理学的適応の影響を受け、同時にエネルギーと栄養要求が増加します。周産期(受胎前14週間から受胎後10週間)においては、ビタミンB6、B9(葉酸)、B12は1-カーボン代謝の一部として核酸とDNA生合成に必要とされます。これらの栄養素の欠乏は細胞分裂、増殖、分化を阻害し、配偶子形成、受精、着床前後の胎芽・初期胎児発育に影響を与えます。今回、周産期マルチビタミン摂取が胎芽・初期胎児発育、発達、出生体重に与える影響を調査したオランダの大規模前向きコホート研究をご紹介いたします。
ポイント
マルチビタミン摂取女性では妊娠初期胎芽・初期胎児発育に有意差はありませんが、胎芽・初期胎児発育曲線の増加と在胎週数に比して小さい児(SGA) 3パーセンタイル未満の減少が認められました。
引用文献
Schenkelaars et al. Hum Reprod, 2024, 39(9), 1925–1933. doi: 10.1093/humrep/deae168
論文内容
周産期マルチビタミン (MMS)摂取が、葉酸単独摂取と比較して、ハイリスク集団における胎芽・初期胎児発育、発達、出生体重増加と関連するかを調査することを目的とした前向きコホート研究です。2010年1月から2020年12月にかけて実施されたロッテルダム周産期コホート研究において、妊娠10週未満の女性1076人を出産まで追跡しました。胎芽・初期胎児発育は頭臀長(CRL)と胎芽・初期胎児体積(EV)の測定により評価され、胎芽・初期胎児の形態学的発育はカーネギー分類を用いて縦断的3次元超音波スキャンとバーチャルリアリティ技術により記載されました。出生予後は診療録から抽出し、一般特性とサプリメント使用は研究質問票から抽出しました。
結果
葉酸単独使用群と比較して、MMS使用女性において胎芽・初期胎児の成長軌道の増加が示されました(調整モデル、CRL:β = 0.052、95% CI 0.012–0.090、EV:β = 0.022、95% CI 0.002–0.042)。これは同じ妊娠週数でも、MMS使用群の胎芽・初期胎児がより大きく成長することを意味します。さらに、葉酸使用者と比較して、MMS使用女性においてSGA児(<3パーセンタイル)のリスクが45%減少することが示されました(調整OR = 0.546、95% CI 0.308, 0.969)。
一方で、胎芽・初期胎児の発達進行度を評価するカーネギー分類による形態学的発育段階および流産の発生率については、MMSまたは葉酸単独使用女性間で差は認められませんでした。これは、MMSが胎芽・初期胎児のサイズ(成長)を改善する一方で、器官形成の進行速度(発達)には影響しないことを示しています。第1三半期胎芽・初期胎児成長は、母体サプリメント摂取とSGA出生児との関連を部分的に媒介しており、CRLは総効果の22.4%、EVは17.2%を説明しました。
私見
従来、周産期栄養素摂取に関する研究の多くは妊娠中期以降の胎児発育制限、低出生体重、SGAに焦点を当ててきましたが、本研究はBarkerの仮説を周産期に適用し、妊娠初期の影響を明らかにした点で意義深いものです。
先行研究においても、周産期葉酸サプリメント摂取は胎芽・初期胎児および胎児発育の増加、神経管欠損、先天性奇形、低出生体重、SGAリスクの減少と関連することが知られています(Timmermans S, et al. Br J Nutr. 2009)。しかし、MMSに関する研究は主に発展途上国や低・中所得国で実施されており、高所得西欧諸国における研究は限定的でした。本研究は高所得西欧集団でのMMS使用を初めて調査した研究として注目されます。
文責:川井清考(WFC group CEO)
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