研究の紹介
参考文献
日本語タイトル
健康な若年男性における身体活動の強度と種類が精液所見に及ぼす影響
英語タイトル
Intensity and type of physical activity and semen quality in healthy young men.
Donato F, 他. Fertil Steril. 2025 Jan;123(1):88-96. doi: 10.1016/j.fertnstert.2024.08.323. PMID: 39243273.
はじめに
近年、精液所見の低下が報告され、男性の生殖機能低下が懸念されています。身体活動は健康全般に良い影響をもたらすとされますが、精子機能への影響については一定の結論が得られていません。よく患者さんからも運動はした方が良いですよね、とか、どのくらい運動した方が良いですかと言ったご質問を受けますが、明確な回答ができない状況です。
適度な運動は内分泌調整や酸化ストレス軽減を通じて精子形成を改善する可能性がありますが、過度な運動は逆に精子機能を低下させる可能性が指摘されています。本研究は、健康な若年男性を対象に、身体活動の強度および種類と精液所見との関連を評価することを目的に実施されました。
研究のポイント
身体活動量と精液所見には 逆U字型の関係があり、運動不足でも過度な運動でも精液所見は低下します。
中等度の身体活動(600〜2,999 METs/週) で、総運動率・前進運動率・正常形態率を最も良好になります。
適度な運動は男性生殖機能改善にも有用である可能性が示唆されました。
研究の要旨
背景
健康な若年男性において、身体活動(PA:physical activity)の強度と精液所見との関連を検討することを目的としています。
デザイン
対象者ごとに反復測定を伴う前向きコホート研究です。
対象
喫煙、定期的な飲酒、薬物使用がなく、BMIおよび腹囲が正常範囲内にある高校生・大学生の男性を対象としました。
方法
参加者は登録時、4か月後、8か月後に泌尿器科診察、採血、精液検査、身体測定を受け、国際身体活動質問票(IPAQ)に回答しました。ウォーキング、中等度、強度の活動それぞれについて、週あたりの実施時間と頻度から総身体活動量(METs-分/週)を算出しました。
主要評価項目
精液検査では、精子濃度、総運動率、前進運動率、正常形態率を測定しました。季節、時間、研究群で調整したモデルを用いて関連を解析しました。
結果
143名(年齢中央値20歳)が参加し、総身体活動量の中央値は1,960 METs-分/週でした。総運動率・前進運動率・正常形態率は身体活動が中等度の群で最も高く(総運動47%、前進運動34%、形態正常率7%)、身体活動量が低い場合および高い場合にはこれらの所見は低下していました。また、身体活動量と精子運動率・形態との間に逆U字型の関連があることが確認されました。
結論
本研究は、中等度の身体活動が精子の運動率および形態に最も良い影響を与えることを支持しており、精液所見を含む健康状態改善のために適度な運動習慣が推奨されます。
表.
| 身体活動レベル | 総活動量(METs-分/週) |
|---|---|
| 低い (Low) | <600 METs-分/週 |
| 中等度 (Medium) | 600–2,999 METs-分/週 |
| 高い (High) | 3,000 METs-分/週以上 |
| 活動の種類 | 強度 | METs値 |
|---|---|---|
| ウォーキング | 軽強度 | 3.3 METs |
| 中等度の運動 (速歩、軽い筋トレ、軽いジョギングなど) | 中強度 | 4.0 METs |
| 激しい運動 (ランニング、サッカー、HIIT*、激しい筋トレなど) | 高強度 | 8.0 METs |
* HIIT, High-Intensity Interval Training
| 身体活動 | 総運動率 | 正常形態率 | 傾向 |
|---|---|---|---|
| 低い | 低い | 低い | 運動不足で精子機能低下 |
| 中等度 | 最良 | 最良 | 逆U字のピーク |
| 高い | やや低下傾向 | やや低下傾向 | 過度の運動が負担に |
用語
METs, Metabolic Equivalent of Task:運動強度の指標の略で、安静時(座って何もしていない状態)の消費エネルギーを1とし、何倍の代謝量を使うかを示す単位
私見と解説
これまで適度な運動が良いと患者さんにお話ししていましたが、今回の研究結果はこれをサポートしてくれるもので安心しました。前提として健康な若い方(喫煙、定期的な飲酒、薬物使用がなく、BMIおよび腹囲が正常範囲内にある高校生・大学生の男性)の研究なので、30歳代半ば以降の方が多く併存疾患や、修正すべき生活習慣を多く持っている男性不妊外来受診の方に直接当てはめるのは難しいかと思いますが、とても参考になります。健康な男性でも適度な運動により、精液所見が良くなるということです。
適度な運動、あるいは中位の運動は具体的にどのようなものなのかを以下にお示ししておきます。通勤で歩く方も多いと思いますが、普通の速度ではなく、なるべく速足で歩いて通勤すると良いと思われます。何事もやりすぎは禁物です。
最適な身体活動の目安(妊孕性を考慮する場合)
おすすめされる運動量
速歩〜軽いジョギング 30〜60分×週4〜6日
軽い筋トレを適度に加えるのも可
注意
激しい運動を長時間×高頻度は避ける[ランニング過剰、High-Intensity Interval Training(HIIT, 高強度インターバルトレーニング)毎日等]
休息・睡眠・栄養バランスが重要
身体活動レベルの具体例
① 低い(<600 METs-分/週) ほとんど運動習慣がないレベル
例:ウォーキング 30分×週2回 = 3.3×30×2= 198 METs-分
電車や車移動が中心で日常的な歩行が少ない
※健康維持としては不十分と考えられる活動量
② 中等度(600–2,999 METs-分/週) 最も精子運動率や正常形態が良く最適
例(いずれかに該当する程度):
速歩 30分×週5日= 3.3×30×5 = 495(METs-分/週)(やや低め)
速歩 60分×週5日= 3.3×60×5 = 990(METs-分/週)
中強度運動 30分×週4日= 4.0×30×4 = 480(他の運動と併用)
激しい運動 20分×週3日= 8.0×20×3 = 480(他の運動と併用)
※1日30〜60分の早足のウォーキングまたは軽〜中等度運動を週4–6日行う
③ 高い(≥3,000 METs/週)過度の運動となり、精子運動率・形態が低下しやすい
ランニング 60分×週6日= 8.0×60×6 = 2,880(METs-分/週)
ここに日常の歩行が加わると3,000METs-分/週超
サッカー、テニス、バスケ、HIITなど激しいスポーツを週5回以上、長時間実施
※持久系アスリートや競技スポーツに近い活動量
文責:小宮顕(亀田総合病院 泌尿器科部長)
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