はじめに
生化学的流産は女性年齢とともに上昇しないのか?という問いかけに対する論文はほとんどありません。そこで、40歳前後の方が着床前診断を実施し胚移植をするのと、そのまま移植をするので成績が変わるかどうかを検討している論文がないかどうか調べてみました。この論文は、生化学的流産を主旨に書いた論文ではなく、PGT-Aの実施が採卵あたりの臨床転機を改善するという論文です。論文の本当に伝えたいことを曲げてしまうといけないので、論文紹介を先にさせていただきます。
ポイント
PGT-Aは40歳前後の女性において移植胚あたりの出生率を改善し、流産率を減少させますが、4週相当で検出できる生化学的流産率は変化しません。これは生化学的流産が染色体異数性とは無関係である可能性、あるいは測定時期やカットオフ値によって結論が異なる可能性を示唆しています。
引用文献
Laura Sacchi, et al. J Assist Reprod Genet. 2019 DOI: 10.1007/s10815-019-01609-4.
論文内容
体外受精を受けている高齢女性患者を対象に、胚盤胞期異数性検査が臨床、妊娠、新生児の転帰に及ぼす影響を調べることを目的としました。イタリアの不妊施設で実施された2年間の前向き観察コホート研究です。2015-2017年に採卵2905症例を実施した女性年齢38-44歳のカップルを対象とし、2538症例(コントロール群:PGT-Aなし)、308例(PGT-A群)、106例(ドロップアウト群、PGT-Aに同意したが受精胚発生不良で中断)で検討を行いました。
結果
コントロール群と比較して、PGT-A群は移植胚あたりの出生率(40.3% vs 11.0%)が増加し、多胎妊娠率(0% vs 11.1%)、流産率(3.6% vs 22.6%)が減少しました。胚移植の方法にかかわらず、コントロール群では絨毛染色体検査・羊水検査の結果では胚移植の時期にかかわらず、染色体異数性妊娠が高いことが示されました(PGT-A群:0%、Day3分割期胚群:19.9%、胚盤胞群:17.9%)。多変量解析では、PGT-A関連の介入が累積の出生率および新生児転帰に負の影響を与えませんでした。これらから、PGT-Aは母体年齢の進んだ患者の流産率と染色体異数性妊娠を減少させることで、採卵あたりの累積出生率には大きな影響を与えずに、臨床転帰を改善することがわかりました。
私見
「着床前診断を行ったら生化学妊娠(化学流産)は減少する?」にフォーカスしてみてみたいと思います。
結論から言って「4週相当で検出できる生化学的流産率(βHCG >50IU/L)はPGT-Aを行っても40歳前後では変化しない」というのが答えです。
女性の平均年齢はPGT-A群:40.4歳、コントロール群:39.7歳です。そして生化学的流産率は移植あたりPGT-A群:5.4%(5/93)、コントロール群(day3胚):7.8%(53/679)、コントロール群(胚盤胞期胚):7.2%(31/433)と有意差を認めていません。移植胚数は参考程度にPGT-A群:1個、コントロール群(day3胚):2.14個、コントロール群(胚盤胞期胚):1.04個です。
この結果をみると、2つのことが考えられます。
①4週台で検出した生化学的流産は染色体の異数性とは無関係である。
②この研究の測定時期(4週台)までに淘汰されている生化学的流産も存在することも考えられ、測定時期・カットオフ値によって結論が異なる可能性がある。
内膜の着床時期を調べる検査の出現により、着床時期からの時間がクリアカットになっていきます。今後の報告を楽しみにしたいと思います。
文責:川井清考(WFC group CEO)
お子さんを望んで妊活をされているご夫婦のためのコラムです。妊娠・タイミング法・人工授精・体外受精・顕微授精などに関して、当院の成績と論文を参考に掲載しています。内容が難しい部分もありますが、どうぞご容赦ください。当コラム内のテキスト、画像、グラフなどの無断転載・無断使用はご遠慮ください。