はじめに
卵巣刺激前のホルモン前処置は、従来、患者様や医療施設の治療を円滑に進めるための体外受精スケジューリングや治療効率向上を目的として用いられてきました。ESHREは2025年11月に卵巣刺激ガイドラインをアップデートし、前処置療法に関する推奨事項を見直しました。今回のアップデートでは「治療のシンプル化」が重要な原則として強調され、明確な有効性が示されない限り基本的なアプローチを推奨するという方針が明示されています。
ポイント
ESHRE 2025年版では、エストロゲン、プロゲスチン、経口避妊薬、GnRHアンタゴニスト薬による前処置は有効性・安全性向上のために推奨されないとの結論に至りました。
引用文献
ESHRE guideline: ovarian stimulation for IVF/ICSI (2025 update) Hum Reprod Open. 2025 DOI: 10.1093/hropen/hoaa076.
まとめ
①エストロゲン前処置
2025年版では、GnRHアンタゴニスト法におけるエストロゲン前処置は有効性向上のために推奨されないことが明確に示されました。従来のエビデンスでは、エストロゲン前処置により回収卵子数の増加が報告されていましたが、継続妊娠率や出生率に有意な改善は認められませんでした。
2019年版では「Conditional(条件付き)」として「おそらく推奨されません」としていましたが、2025年版では蓄積されたエビデンスに基づき、より明確な推奨となっています。
②プロゲスチン前処置
プロゲスチンによる前処置についても、GnRHアゴニスト・アンタゴニスト法共に、継続妊娠率や出生率の改善に十分なエビデンスが得られておらず、有効性・安全性向上のために推奨されないとの結論となりました。
③経口避妊薬(OCP)前処置
2025年版では、12~28日間の経口避妊薬前処置はGnRHアンタゴニスト法において有効性を低下させる可能性があることから、「Strong(強い)」推奨として使用しないことが推奨されています。これは2019年版と同様の強い推奨が維持されています。
④GnRHアンタゴニスト薬前処置
遅延開始プロトコル(delayed-start protocol)を含むGnRH拮抗薬による前処置も、正常反応者・低反応者を問わず、有効性向上のエビデンスが不十分として推奨されていません。
私見
2025年版では「シンプルな卵巣刺激の重要性」が強調されており、患者負担の軽減と治療の標準化を目指したものです。従来の「何かをプラスすれば良くなるかもしれない」という発想から、「明確な利益が示されないものは使用しない」というより科学的なアプローチへの転換が表れています。
文責:川井清考(WFC group CEO)
お子さんを望んで妊活をされているご夫婦のためのコラムです。妊娠・タイミング法・人工授精・体外受精・顕微授精などに関して、当院の成績と論文を参考に掲載しています。内容が難しい部分もありますが、どうぞご容赦ください。当コラム内のテキスト、画像、グラフなどの無断転載・無断使用はご遠慮ください。