体外受精

2021.01.25

トリガーから顕微授精までの時間は臨床結果への関連(許容派_Hum Reprod. 2021)

はじめに

生殖補助医療の卵巣刺激では、次の3つの特定の時期が非常に重要となります。 
(1) 排卵誘発トリガーをかけるタイミング 
(2) 排卵誘発トリガーから採卵までのタイミング 
(3) 排卵誘発トリガーからIVF/ICSIを実施するタイミング 
これらにより受精胚の回収率・成熟率・受精率・胚発育に影響を与えます。 

現在までのところ、トリガーから採卵までの最適時間に関する決まり事はなく、32時間から38時間まで実際には大きなばらつきが存在しています(Mansourら、1994; Nargundら、2001)。5RCTのメタアナリシスでは、トリガー後36時間以上の間隔は、卵丘・卵子複合体が綺麗に膨化し、受精率と分割率が改善するとされています。(Mansourら、1994年;Reichmanら、2011年;Bosdouら、2015年;Garorら、2015年;Shenら、2019年)。しかしながら、採卵をしてからの前培養を実施しIVF/ICSIをするまでの時間は、1-3時間おくことが望ましいとされていて、結果として、トリガーからIVF/ICSIが行われるまでの間隔は38~39時間が好ましく、41時間を超える間隔は胚発育や臨床的転帰に悪影響を及ぼすと考えられています。 
今回ご紹介する論文はトリガーからICSIまでの時間が41時間以上でも成績は落ちないという報告です。 

ポイント

トリガー後、顕微授精までの時間は38-39時間が最適とされているが、36時間未満・41時間以上でも、臨床成績に有意差はなく、より柔軟な時間設定が可能であることが示されました。 

引用文献

Vandenberghe LTM, et al. Hum Reprod. 2021;36(3):614-623. doi: 10.1093/humrep/deaa338 

論文内容

2010年から2015年までの8811回の顕微授精サイクルを含む単一施設のレトロスペクティブコホート分析です。。トリガーをしてから裸化/ICSIまでの時間間隔については、7つのカテゴリー(36時間未満、36時間、37時間、38時間、39時間、40時間、41時間以上)に分けて検討しました。主要評価項目は、成熟率、受精率、受精胚1個あたりの胚利用率(移植または凍結保存に適した胚)、副次評価項目として、臨床妊娠率と出生率としました。胚利用率、臨床妊娠率、出生率は胚移植日によって3日目と5日目の2つのグループに分けました。 
研究期間中、採卵は36時間未満のグループを除いて、日常的に36時間後に行われました。 
除外基準はTESE精子、自然周期、受精法(IVF、split)、着床前遺伝子検査およびIVM周期としました。女性年齢、回収卵子数、調整前精子濃度、調整後精子濃度と運動率、移植日、移植胚数、移植した胚のグレードが交絡因子としました。

結果

交絡因子で補正を行った後検討したところ、7つのカテゴリのうち、平均成熟率は76.4%から83.2%であり、有意に異なっていました(P < 0.001)。同様に、平均受精率にも有意差がありました(範囲69.2-79.3%; P < 0.001)。成熟率および受精率は、トリガー後38時間(コントロール群)と比較して、トリガー後41時間以上の裸化/ICSIを行った場合に有意に高くなりました。トリガー後36時間未満での裸化/ICSIは、38時間後の裸化/ICSIと比較して、成熟率、受精率、胚利用率に有意な影響を与えませんでした。36時間未満に裸化/ICSIを行った場合、調整分析では、その差は統計的に有意ではありませんでしたが、トリガー後38時間後にICSIを行った場合と比較して、出産をする確率が低くなる傾向があることが示されました(オッズ比0.533、95%CI:0.252-1.126;P = 0.099)。トリガー後41時間のICSIは、トリガー後38時間のICSIと比較して出生率に影響を与えませんでした。 
トリガーをしてから裸化/ICSIが行われるまでの時間間隔を広げても、その後の胚発育や臨床的転帰に影響を与えることはありませんでした。 

私見

いくつか、トリガーからの関連論文をご紹介していますが、この論文は、時間に関して「ある一定期間は成績が変わらないよ」という論文で、私もほぼ賛同です。 
もちろん一個の卵子をとるような採卵なら時間を厳密に管理することが大事ですが、複数卵胞をとる採卵の場合はとる卵胞の大きさもばらつきがあり、多様性があると考えているからです。調節卵巣刺激の種類とトリガーの組み合わせによっても異なると思っています。ただ、クリニック単位でベースは決めておくべきだと考えています。 
採卵からIVF/ICSIまでの前培養について、そしてトリガーからIVF/ICSIまでの時間が長いとダメという意見を記載しておきたいと思います。 

※前培養について 
採卵とIVF/ICSIとの体外培養の時間は、細胞質成熟度に影響を与えると考えられており、前培養1~3時間の間隔は、受精および胚の質を改善する(Yanagida et al. 1998; Jacobs et al. 2001; Patrat et al. 2012)。 
前培養2-4時間を推奨(Hoら、2003; Isiklarら、2004; Patratら、2012)。 

※トリガーからIVF/ICSIまでの時間が延長することに対する影響 
トリガーからの時間経過とともに成熟率・受精率の上昇につながるが、胚発生能は低下する、受精前までの体外培養での卵子の老化を考えられている(Miaoら、2009)。 
トリガー後41時間を超える間隔は、卵子の老化がおこり、胚発生・臨床妊娠に悪影響を及ぼす(Dozortsevら、2004年;Pujolら、2018年)。 
平均胚盤胞率は、38時間未満のトリガーからICSIタイミングで最も高い(Roberta Maggiulliら、2020年) 

文責:川井清考(WFC group CEO)

お子さんを望んで妊活をされているご夫婦のためのコラムです。妊娠・タイミング法・人工授精・体外受精・顕微授精などに関して、当院の成績と論文を参考に掲載しています。内容が難しい部分もありますが、どうぞご容赦ください。当コラム内のテキスト、画像、グラフなどの無断転載・無断使用はご遠慮ください。

# 顕微授精(ICSI)

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# 胚質評価

WFC group CEO

川井 清考

WFCグループCEO・亀田IVFクリニック幕張院長。生殖医療専門医・不育症認定医。2019年より妊活コラムを通じ、最新の知見とエビデンスに基づく情報を多角的に発信している。

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