男性不妊

2022.10.15

WHO2021精液地域差(論文紹介)

Q.精液所見は地域によって違いがあるのでしょうか?
A.WHO第6版の精液検査の基準値に用いられたデータでは、有意な地域差がありました。

今回ご紹介する論文

世界保健機関(WHO)の精液検査の基準値に使用されたデータから見た精液パラメータの地理的な違いについて
Geographic variation in semen parameters from data used for the World Health Organization semen analysis reference ranges

Fertility and Sterility Volume 118, Issue 3, September 2022, Pages 475-482

精液検査の基準値は定期的に改定されています。1年以内に妊娠した方の精液検査の結果を用いていて10年くらいで更新されています。最新版は、第6版で、2021年7月27日付で発刊されています。
なんでもそうですが、地域差や人種差が存在します。遺伝的な違いや生活様式、食生活など様々な要因が影響します。この論文は、WHOの公開されている精液検査のデータを用いて地域差があるかどうかを検討したものです。大変興味深い内容になっています。基準値として、最も低い5%というところでカットオフを設定しているのですが、そこにも違いがあるということです。

論文の要旨

この研究の目的は、世界保健機関(WHO)2021年版マニュアルの基準範囲を定めた試験のデータを用いて、精液検査のパラメータに地理的な違いがあるかどうかを検討することです。
研究のデザインとしては、世界保健機関(WHO)の基準範囲を定義するために使用されたデータを後ろ向きに評価しました。
対象症例は、5大陸で行われた3,484人の参加者(12ヶ月以内に女性パートナーが自然妊娠した)を含む11の研究からのデータです。解析方法は以下の通りです。地理的な場所(大陸)によってデータを分けて解析しました。主要な評価項目は、精子パラメータの地理的な差異があるかどうかです。
地域は以下のように分けられました:

  • ヨーロッパ(デンマーク、フランス、スコットランド、フィンランド、ギリシャ、ノルウェー)
  • アジア(中国、イラン)
  • オーストラリア
  • 北米(米国)
  • アフリカ(エジプト)

結果は以下のようになりました:
精液量は、アジアとアフリカの精液検体で、他の地域より有意に少ない結果でした。精子濃度は、アフリカで最も低く、オーストラリアで最も高値でした。総運動精子数(TMSC)および前進運動精子の総数(TMPS)は、アフリカで他の地域より有意に低値でした。アジアと米国のTMSCとTMPSは、ヨーロッパとオーストラリアよりも有意に低値でした。精子濃度の5パーセンタイル(全体のうちでもっとも低い5%のところ、表1)は米国で最も低値でした(12.5 × 10^6/mL)。正常精子形態率の5パーセンタイルは米国で最も低く(3%)、アジアで最も高値でした(5%)。TMSCとTMPSの5パーセンタイルは、アフリカ(TMSC:1508万、TMPS:1206万)と米国(TMSC:1805万、TMPS:1686万)で最も低く、オーストラリア(TMSC:2961万、TMPS:2580万)で最も高値でした。
結論は以下のようになります。
精液検査のパラメータには地理的に有意な差がありました。そこで、それぞれの地域の生殖医療に従事する団体では(たとえば日本では日本生殖医学会や日本受精着床医学会など)はその地域の経験や治療成績に基づいて精液検査の独自の基準値を追加することを検討すべきであるとしています。

P値は分位数に基づく一元配置分散分析で算出。 

筆者の意見

精液所見には明確な地域差が存在することが示されており、非常に興味深く、かつ貴重なデータであると考えられます。これほどの差が認められる以上、生殖医療においては地域特性を踏まえたデータの重要性を改めて認識する必要があると思われます。
表に示されているように、総運動精子数に注目すると、アフリカでは比較的少ない精子数でも妊娠が成立している一方、ヨーロッパ系では妊娠に至るためにより多くの運動精子数が必要とされており、アジアはその中間に位置するという結果でした。この点からも、妊孕能と精液所見の関係が一様ではないことがうかがえます。
ただし、アジアのデータは主に中国およびイランの集団を対象としており、遺伝学的背景や生活環境が大きく異なる集団が一括りに扱われています。そのため、これらの数値をそのまま日本人男性の基準値として用いることには慎重であるべきでしょう。
現時点では、引き続き国際的に用いられている全体の基準値を基本として運用することが妥当と考えられますが、基準値付近の精液所見を示す方に対しては、このような地域差のデータを紹介することで、過度な不安を和らげる一助となる可能性もあります。

文責:小宮顕(亀田総合病院 泌尿器科部長)

お子さんを望んで妊活をされているご夫婦のためのコラムです。妊娠・タイミング法・人工授精・体外受精・顕微授精などに関して、当院の成績と論文を参考に掲載しています。内容が難しい部分もありますが、どうぞご容赦ください。当コラム内のテキスト、画像、グラフなどの無断転載・無断使用はご遠慮ください。

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亀田総合病院 泌尿器科部長

小宮 顕

亀田総合病院 泌尿器科部長(男性不妊担当) 生殖医療専門医・生殖医療指導医。男性不妊診療を専門的に従事する。本コラムでは男性妊活の参考になる話題を紹介している。

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