はじめに
不妊症患者様にとって無症状の甲状腺機能低下(TSHの軽度上昇)に伴って甲状腺薬を内服するかどうかは、すごく悩ましいテーマだと思います。 一時はTSH 2.5 mIU/Lで甲状腺薬を内服指示していた傾向にありましたが、もう少し基準を緩める方向に世界のコンセンサスは向かっています。 では、測定時期による差があるのでしょうか? 不妊治療で行う卵巣刺激では視床下部-下垂体-甲状腺にも影響を与え、TSH値の上昇を誘発してしまう可能性があり、過去の報告では調節卵巣刺激中の女性の63.3〜77.1%でTSH値が上昇したことが報告されています。 体外受精中(調節卵巣刺激)には、どのように甲状腺機能が変化するのでしょうか。卵巣刺激から妊娠18週近くまで調査した論文がございますのでご紹介させていただきます。
ポイント
調節卵巣刺激によりTSHが上昇し、fT4が低下すること、その変化が生殖医療成績に影響を与えることが示されました。卵巣刺激時から妊娠初期にかけて、こまめな甲状腺機能検査が治療成績向上につながる可能性があります。
引用文献
Danpei Li, et al. J Assist Reprod Genet. 2021. DOI: 10.1007/s10815-021-02206-0
論文内容
PRISMA(Preferred Reporting Items for Systematic Reviews and Meta-Analyses)ガイドラインに基づいてメタアナリシスを行いました。包括的な文献検索を行い、調節卵巣刺激時の甲状腺パラメータの変化を報告した研究を特定しました。甲状腺刺激ホルモン(TSH)濃度、遊離サイロキシン(fT4)濃度、エストロゲン(E2)の変化、サイロキシン結合グロブリン(TBG)、臨床的妊娠率(CPR)、出生率(LBR)の相対リスク(RR)、流産群と妊娠継続群のTSH増加量の平均差(MD)を分析しました。
結果
15件の研究(n=1665人)が含まれています。卵巣刺激終了時のTSHの平均値(2.53 mIU/L、95%CI、2.19~2.88、I2=92.9%)はカットオフ値(2.5 mIU/L)を超え、胚移植の1か月後まで基準値を超えていました。サイロキシンはベースラインから卵巣刺激終了時までに減少しました(-0.18 ng/l;95%CI、-0.35~0.00;I2=92.2%)。卵巣刺激後にTSHがカットオフ値を超えた患者の臨床的妊娠率、出生率は、TSHがカットオフ以下の患者よりも有意に低い結果でした(臨床的妊娠率: RR, 0.62; 95% CI, 0.47-0.82; I2=0.0%、出生率: RR, 0.64; 95% CI, 0.44-0.92; I2=0.0%)。流産群と妊娠継続群のTSH値の増加分のMDは0.40 mIU/L(95%CI、0.15~0.65;I2=0.0%)でした。 卵巣刺激時にTSHが上昇し、fT4が低下すること、その結果が生殖医療成績に影響を与えることが示されました。症例に応じて卵巣刺激開始時、排卵誘発時、妊娠検査時などにこまめに甲状腺機能検査を行うことが生殖医療成績向上につながることも期待されます。
私見
今回の報告(15件の研究のシステマティックレビューとメタアナリシス)では、特に甲状腺疾患を持つ女性において、平均TSHレベルは卵巣刺激の間ずっと上昇し、胚移植の1か月後まで2.5 mU/Lの閾値を超えていました。調節卵巣刺激によって起こる相対的な甲状腺機能不全になっている可能性があります。 この論文では①調節卵巣刺激時にTSHがカットオフ値(2.5 mIU/L)以上、②TSH上昇群では移植後の臨床的妊娠率・出生率が低下、③流産群のTSH増加量は、妊娠継続群のTSH増加量よりも高いことが示されました。
卵巣刺激後-新鮮胚移植-妊娠時のTSHとfT4の変動を整理すると下記のようになります。
- 卵巣刺激開始-妊娠7週まで TSH 軽度上昇
- 妊娠7週-妊娠18週まで TSH 軽度低下
- 妊娠時から-妊娠18週まで fT4 徐々に低下
過去の報告をみていると卵巣刺激や妊娠によるエストロゲンの上昇が二次的にfT4を低下させるという考えが主流ですが、卵巣刺激法の種類や卵巣刺激で非生理的に上昇したエストロゲン値とは関係がないという論文もございます。
(Poppe K, et al. Fertil Steril. 2011、Gizzo S, et al. Reprod Sci. 2016)
新鮮胚移植の成績低下の一因の可能性も示唆されますので、今後の追試に注目していきたいと思います。
文責:川井清考(WFC group CEO)
お子さんを望んで妊活をされているご夫婦のためのコラムです。妊娠・タイミング法・人工授精・体外受精・顕微授精などに関して、当院の成績と論文を参考に掲載しています。内容が難しい部分もありますが、どうぞご容赦ください。当コラム内のテキスト、画像、グラフなどの無断転載・無断使用はご遠慮ください。